■Jealous -01-■



 逞しい腕に抱きしめられ、内壁の締め付けを確かめるかのようにゆっくりとした動きで突き上げられ。僕はたまらず声を漏らす。
 ブルースに抱かれているときは、僕は声を抑えたりしない。
 だって、すごく不安そうな顔をするから・・・

 大丈夫・・・今、僕はあんたをめいっぱい感じてる・・・。
 だから、ねぇ。もっとあんたを頂戴?

 ブルースの背に腕を回すと、より深く突き上げられて思わず彼の背中に爪を立てちゃったけど。いつも僕の体にキスマークいっぱい残してるんだから、このくらいいいよね?
 それから、キスをして・・・イキそう?眉間の皺、すごく深くなってる。
 いいよ・・・僕の中に出して?いっぱい出して・・・っ!!

 あっ・・・すごっ・・・ブルースの、僕の中から・・・溢れて来る・・・
 ん、僕も・・・イっちゃった・・・
 え?まだ足りないの・・・?
 あっ!今度は、後ろから?
 ・・・いいよ・・・もっといっぱい、あんたを感じさせて?
 僕の背中に指を這わせて・・・腰を掴んで・・・え?あっ!あああ!!!
 そんっなっ!いき、なっりっ!!

 いきなりの激しい突き上げに、僕は上体を支えきれずにベッドに突っ伏して、腰を高く上げる。

 あっ!・・・何?・・・なんっだ、か・・・いつもの、ブルースとっ違っ!!

 その急激な変化に、僕は首を捻ってブルースの様子を伺おうとするんだけど・・・振り向こうとしたら、僕の体を包み込むように後ろから抱きしめられて・・・
『ディッキー』
 耳元で囁かれた声は、ブルースの声じゃない。それに、彼は僕をそう呼ばない・・・今、僕をこう呼ぶのは・・・
 それに気づいたとき、自由だった僕の両手に手錠がかかる。
 自分の身に何が起こっているのか、いまだ飲み込めないままに。激しく突き上げられ、悲鳴を上げて・・・
 体勢を変えて、正面から突き上げられると、僕は思わず目の前にいる男にしがみついた。
『忘れないように、俺をアンタの中に刻み込むんだ』
 ブルースとは違う、欲に忠実な。乱暴な動きに僕は追い上げられて。

 やっ!もっ!!やめっ・・・っ!!

『くっ・・・あっ!もっ・・・イクッ!!』
 僕の中に吐き出された、熱い欲望・・・
『ディッキー・・・』
 ぐったりとして、意識が遠のきかけている僕に覆いかぶさり。何度も僕を呼んでキスをする・・・
 僕も、完全に意識が消える前に男の名前を読んだ・・・


 ・・・ジェイソン・・・



 朝、自分のアパートの自室のベッドで目を覚まして。ディックは愕然とした。
 あまりにもリアルすぎる夢の内容もその理由の一つなのだが、その夢のせいで・・・
「溜まってるのは僕のほうか・・・?」
 酷い自己嫌悪と脱力感に大きくため息をつくと、嫌な感触の下着とパジャマを脱ぎ捨て洗濯機に放り込み、自分もシャワーを浴びるためにバスルームへ向かった。
 あんな夢を見たのもあいつがあんな事をしていくからだ・・・と、いまだ手首にうっすらと残る痣を見て再びため息をつく。
 シャワーのレバーを捻ると温かいお湯が流れ出し、もやもやとした気持ちごと洗い流してくれているようだった。



「どうしたの?ナイトウィング」
 その日の夜、高層ビルの上。すぐ隣でオペラグラスを覗き込み、張り込みをしていたロビンが不意にそう声をかけてきた。
「・・・え?何が・・・?」
 本当に唐突だったので、同じくオペラグラスを覗き込み張り込みに集中していたナイトウィングは一瞬送れて返事を返した。
「んと・・・なんだか、ちょっといつもと雰囲気が違う気がした・・・から・・・」

 ああ・・・この子は本当に良く見てるなぁ・・・

 申し訳なさそうに、だが、心底心配するような表情で見上げられ。ナイトウィングは苦笑する。
 昼間、ナイトウィングがディックとして会う友人知人達には分からないような彼の微妙な変化をロビンは気づいてしまうのだ。
 その気配りはとてもありがたいのだが。今回ばかりは気づいて欲しくはなかった。
「そうだね・・・すこし疲れてるのかも?これが終わったらゆっくり休むよ。明日は昼間の仕事も休みだしね」
 ナイトウィングはロビンに優しく微笑みかけ、心配するなと言うように頭を撫でた。
「ん・・・」
 ロビンはまだあまり納得していない様子だったが、ナイトウィングが話したがらないことを無理やり聞き出そうとするような子ではない。
 それ以上深く追求するのはやめ、再びオペラグラスを覗き込んだ。

 本当はまだロビン達には会いたくなかったんだけどな・・・特に、バットマンには・・・だけど、呼び出しを食らってのこのこと出てきたちゃう辺り、自分もどうしようもない奴だと思う。 

 隣にいるロビンに気づかれないように心の中でため息をついて、ナイトウィングも再びオペラグラスを覗き込んだ。

 それからしばらくして現れたヴィラン達を軽く捻って、今日の仕事は終了。解散!
 ・・・の、はずだった。
 油断していたつもりはないのだが。隠れていた最後の1人がナイフを構えナイトウィングに斬りかかり、その切っ先が彼の左腕を掠め、コスチュームを引き裂いた。
 ナイトウィングはコスチュームが裂けた事もかまわず、その男に延髄蹴りを叩き込み気絶させ。手際よく最後の1人も他のヴィラン達と共に縛り上げる。
 そして、警察が到着する前に3人は近くのビルの屋上へ移動した。
「あ〜・・・またコスチューム新調しなきゃ・・・」
 ビルの屋上で、裂けてだらんと垂れているコスチュームの腕部分を引きちぎり。ポツリと呟いたナイトウィングの手首をいつの間に傍に移動してきたのか、バットマンがそれなりに強い力で掴んできた。
「っ・・・な、何?」
 捕まれた痛みより、いきなり捕まれたことに驚いて声を詰まらせると。一瞬バットマンの眉間の皺が深くなったような気がした。
「・・・ナイトウィング。これは一体どうした?」
 バットマンがが言っているこれ、とは。ジェイソン・・・レッドフードに拘束されたときに出来た手首の痣。もうかなり薄くなっているのに、バットマンはそれを目聡く見つけていた。
「それに、また。と言ったな?近頃はそんなに危険な仕事をしているのか?」
 ナイトウィングのコスチュームは、バットマンたちと同様ちょっとやそっとのことでは破れない強化スーツだ。それを何度も新調しなければいけない状況に、そうそうなるものでもない。
 咎める、と言うよりも心配の色が強い口調で尋ねられ。
「あ・・・いや。たいした事じゃないよ。こないだまたレッドフードが・・・」
「レッドフードォっ!!?」
 心配するような事じゃない。と軽く言おうとしたのだが、そこに出てきた名前にロビンが激しく反応し声を荒げる。
「アイツに何かされたの!?」
 バットマンに捕まれている左手を、ロビンはそっと両手で優しく包み込むように握り、心配そうに見上げる。
「い・・・いや。ほら、僕今ぴんぴんしてるでしょ?そんな危険な事は何もないって」
「ほんとに・・・?」
「うん!どこも辛そうじゃないでしょ?」
 二人の心配そうな視線に苦笑し、ナイトウィングは酷い目に合わされたわけではないと笑顔で答える。
「・・・よく・・・無事だったね・・・」
 それを聞いて、ロビンはすこし安心したようなそれでも納得がいかないような複雑な表情で見上げてくる。
 確かに、ロビンがレッドフードから受けた仕打ちを考えればそれも仕方の無いことなのだが・・・
「あいつも話せばちゃんとわかってくれるんだよ」
 優しくロビンの頭を撫でて微笑み言うと。複雑な表情のままロビンは頷いた・・・が。
「っ!?ナイトウィング、ごめん!!」
「え?」
 何を?と思うまもなく。ロビンはナイトウィングの裂けたコスチュームをさらに裂き、肩を露にした。
「ろ・・・ロビン・・・?」
 いきなりの事に驚いて固まっていると、 ナイトウィングの肩をじっと見ていたロビンがゆっくりと顔を上げ。
「ねぇディック・・・これ、キスマークだよね?」
 そういったロビンの顔は、いつもの可愛らしいものではなく・・・
「うぇっ!!?」
 驚いて指摘された箇所を見ようとするが、自分では見えない位置にあるようだ。
「えっ、あっこ、これはっ・・・!!」
 顔を真っ赤にして弁解しようするナイトウィングに、ロビンは静かに。
「今彼女いない事知ってるからね」
 と笑顔で言い放った。

 何でそんな事知ってるの・・・!!?

 立て続けにそんな事を暴かれ、口をパクパクしているナイトウィングの手を、バットマンはさらに強く握る。
「っ!?・・・バットマ・・・」
「詳しい話は、ケイブで聞こうか・・・」
 静かな声色に、今更ながらにヤバさを確認し。ナイトウィングは慌てて声を上げる。
「いっ、いや!でも僕明日仕事あるし!!」
「あれ?明日は休みだって言ってなかったっけ?」

 しまったそういえば言ってたー!!!

 ロビンの揚げ足取りにさらに焦りが募り、その隙を狙って。
「うわっ!?」
 バットマンはナイトウィングを軽々と担ぎ上げ歩き出した。
「ちょ!ちょっと!どこ行くの!!?」
「モービルがそこに止めてあるからな」
「ぼ、僕もバイクできてたんだけど!!?」
「あ、じゃあ僕がナイトウィングのバイクで帰るね〜」
 ナイトウィングの抵抗も虚しく、あれよあれよと言う間に彼はバットマンによってバットケイブへと連れ去られた。



「で、どういうことか説明してくれるよね?」
 NOとは言えない雰囲気をかもし出したロビンが極上の笑顔で、椅子に座って・・・いや、座らされているナイトウィングに詰め寄る。
「えと・・・それは・・・」
 そんなロビンのすぐ後ろには、不機嫌そうに見えるバットマンが腕を組んでこちらを見下ろしている。
 本当に尋問を受けているようなこの状況に、何でこんなことになったんだろう・・・とナイトウィングは大きなため息をついた。
「ねぇ、ディック・・・」
 すると、先ほどまでの咎めるような物言いから一変した口調で。ロビンはナイトウィングの前にしゃがみこみ、彼の膝の上に手を置いて縋るように見上げてきた。
「僕、心配なんだ・・・ディックがあいつに酷い事されて・・・脅されてるんじゃないかって・・・」
 うっすら涙さえ浮かべてそう訴えかけられて、思わずナイトウィングはロビンを抱きしめる。
「心配かけてごめんね、ティム・・・けど、本当にそんな・・・えと・・・脅されたりしてる訳じゃないんだ」
 ロビンの頭を優しく撫でて言うと、ロビンはナイトウィングにぎゅっと抱きついた。
「・・・では、酷い事はされたのか?」
 それまでじっと二人の会話を聞いていたバットマンが、つかつかとナイトウィングの座っている椅子の前まで歩み寄り。
「見たところその手首の痣は手錠をかけられ出来た痣じゃないのか?しかも、それなりに暴れなければそれほどの痣にはならない・・・」
 椅子の背もたれに両手を付き、ほぼ真上からナイトウィングを見下ろす形で問い詰める。普段からヴィラン達を怖がらせているその姿で凄まれると、見慣れているとはいえやはり怖い。
「ディック。正直に言いなさい・・・ジェイソンに、何をされた?」
「う〜あ〜・・・それは・・・」
 じっと見据えられ言われても、ナイトウィングは言葉尻を濁し答えようとしない。しかし、バットマンはナイトウィングの視線がちらちらとロビンを気にしていることに気がついた。
「ロビンに聞かれてはマズイのか?」
「っ!?」
 バットマンの一言に、ナイトウィングがびくりと反応を返す。
 その言葉にもちろんロビンも反応を返し、ナイトウィングを見つめ。
「・・・どうして?・・・僕が、子供だから?」
 と、再びしょんぼりとした顔で見上げてくる。
「あ・・・違・・・そうじゃなくて・・・」
「じゃあ、話してよ・・・」
 慌てて弁解しようとするナイトウィングに、さらにロビンは詰め寄った。
「う・・・」
 そこから再び、視線を泳がし、あ〜だかう〜だか声を出していたナイトウィングだったが。二人に諦める気がまったくないと理解し。
「・・・聞いたら、僕の事嫌いになると思うよ・・・?」
 と、ポツリポツリと話し始めた。



 嘘や隠し立てはこの二人に通用しない。ならば素直に答えるしかない。
 と、腹をくくったナイトウィングは。なるべく客観的にあの日起こったことを話した。
 パトロール中に現れたレッドフードと戦闘になった事。
 一度気を失って、気がつけばレッドフードにレイプされそうになった事。
 ・・・結局は、その行為に同意をして体を預けた事・・・
 すべてを話し終えて二人を見るとロビンが俯き拳が震えるほど強く握り締めている事に気がついた。

 ああ、やっぱり軽蔑されたよな・・・

 経緯はどうであれ、自分は誰にでも足を開くような奴だ・・・そう思われただろう。
 ナイトウィングは少し寂しそうに笑い、その場を立ち去ろうとした・・・が。
 ロビンが立ち上がろうとしたナイトウィングを再び椅子に座らせ、その胸の中に飛び込んで彼をぎゅっと抱きしめた。
「ティム・・・?」
 突然の事に驚いていると、怒りのためか、悲しみのためか・・・ロビンは震えた声で、
「ごめん・・・ごめんねディック・・・気づいてあげられなくて・・・」
「・・・・・・え?」
 ナイトウィングの胸に顔をうずめたまま、ロビンは続ける。
「辛かったでしょ?怖かったでしょ?あんな奴に無理やりそんな・・・」
「え・・・あ・・・で、でも。僕は同意して・・・」
「それはストックホルムシンドロームだよ!!」
「・・・ストックホルム・・・?」
 精神医学書か何かで読んだ記憶はあったが、今のナイトウィングは軽く混乱をしていてそれが思い出せなかった。
「・・・死の恐怖に直面した被害者が、犯人と一時的に時間や場所を共有することによって過度の同情さらには好意等の特別な依存感情を抱く事・・・だな。己の身を守るための、一種の防衛本能だ」
「ああ」
 それに気づいたバットマンが軽く説明をすると、ナイトウィングは思い出した、と言うように軽く声を上げる。
 どうやら、ロビンの中では完全にナイトウィングはレッドフードにレイプされた被害者、という事になっているらしい。
「僕は別に・・・」
 もちろん、ナイトウィングは別段命の危機に瀕していたわけでもないし、レッドフードも彼を脅してどうこう・・・という行為をしたわけではない。
 だが、ロビンとしては自分の大好きなナイトウィングが、大嫌いなレッドフードと同意の上で行為をしたなどと信じたくもなかったのだろう。
「・・・ロビン・・・」
 ナイトウィングの胸に顔を押し付けているロビンの肩に、バットマンが優しく手を添える。
「そういった恐ろしい目にあった者には、被害者が最も信頼する相手に同じ状況で同じ事をされると、記憶の上塗りが行われ苦しみが和らぐというが・・・」
「・・・・ほんと?」
「ちょ!?ブルース!!?」
 そんな話は聞いたことがない。ナイトウィングがそう抗議しようとするが、ロビンに見つめられ・・・
「ティ・・・んぅっ!?」
「んッ・・・僕が、忘れさせてあげる・・・もちろんブルースも。でしょ?」
 ロビンはナイトウィングの唇を奪い、そしてバットマンにそう声をかける。バットマンはそれに頷き、上から覆いかぶさるようにナイトウィングにキスをした。
 あまりの事に目を見開いたナイトウィングは、バットマンのマスク越しの瞳を間近に見て理解する。

 ブルースは怒ってない。怒っていないけど・・・妬いてるんだ。


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