■Character Exchange -01-■



 その日は一日、バットケイブの中は一種異様な雰囲気だった。

 いつものようにバイクでケイブにやってきたナイトウィングは、その異様な雰囲気に気づき首を傾げた。
 だが、その場でじっとしているわけにもいかないので。いつものようにここの主がいるであろう巨大コンピューターの前へ移動する。
 そこでようやく、この妙な雰囲気の理由に合点がいった。

 巨大コンピュータの前の椅子にはいつもならバットマンが座っているはずなのだが・・・
「・・・来たか・・・」
 今日はそこにはものすごく不機嫌です、と顔に出ている仏頂面のマスクを外したロビン=ティムが偉そうな態度で座り。その傍らには、苦笑を浮かべたバットマン=ブルース・・・こちらもマスクを外している・・・が、腕を組んで壁にもたれかかって立っていた。
「えーっと・・・説明してもらってもいいかな・・・?」
 いつもとあまりにかけ離れた二人の様子に、ナイトウィング=ディックはマスクを外して控えめに尋ねた。

 ことの始まりは、いつものようにジョーカーが街で暴れだしたことからだった。
 いつものように彼の訳のわからないジョークグッズで街は混乱に陥っていたが、どうやら今回の薬は彼が作った物にしては、(まだ)効き目が弱い方らしく。警察の報告でも、被害者達はほぼ一日でその薬の効き目が切れたと言っているようだ。
 その薬の症状と言うのが・・・
「かけられた時、傍にいた者と人格が入れ替わる、と言う物だ」
 深いため息をついて、ティムが言う。
「・・・つまり、二人はその薬品をかけられて、ジョーカーにも逃げられた・・・と」
 確認するようにディックに言われ、ティムの姿をしたブルースはさらに眉間の皺を深くし、ブルースの姿をしたティムは困ったように苦笑し肩を竦めた。
「今日は一日ここで大人しくしておいた方が良いんじゃない?」
 そんな二人の様子にディックも肩を竦め、そう言うが。
「それは出来ない。早く奴を止めなければ街の混乱は続いたままだ」
 ディックの提案はすぐさま却下される。確かに、いくら一日で効果が切れるとはいえ。人格が入れ替わるだなんて恐ろしい薬を持った狂人が街を歩き回っている状態は早めに終わらせたい。
 この状態を終わらせるには、ジョーカーがその薬に飽きるか、彼を捕まえるかしかないのだ。
 先ほどの言葉を言って、すぐさま巨大コンピューターのキーボードを叩き始めたティムの姿をしたブルースの後ろ頭を眺め、ディックは小さくため息をつく。
「Okey,わかった。僕も手伝うよ」
 仕方ないな。といった感じで言ってはいるものの、キーボードの横の開いたスペースに手を付いてモニターを覗き込む。そんなディックの言動に、ティムの姿をしたブルースは悟られない程度の安堵の笑みをこぼし、ブルースの姿をしたティムが「やったぁ!」と嬉しそうに声を上げた。
 その瞬間、ディックが目を見開いて振り返る。
 確かにいつものティムの反応なのだが。いかんせん、今は姿がブルースだ。あのゴツイ見た目でそんなかわいらしい声を上げられると・・・流石に違和感がある。
「Oh,oh...Sorry」
 それに気づいたブルースの姿をしたティムは、すぐさま苦笑して謝ったが、その姿もいつもの彼とはかけ離れている。
 珍しい物を見た、と言った感じに目をぱちくりさせているディックの横でティムの姿をしたブルースは深いため息とともに、こめかみを押えた。
 ちょうどそんな時、ケイブ内にアラームが鳴り響く。
「行くぞ!」
 その瞬間、ティムの姿をしたブルースは立ち上がり、マスクを付け歩き出す。ディックとブルースの姿をしたティムも頷きあとに続いた。


 ジョーカーが引き連れているチンピラ共の相手は、さほど大変な事ではない。だがそれも、いつもの状態ならば、の話だ。
 いつもの調子でチンピラに殴りかかったロビンの姿をしたバットマンが、反撃をまともに食らい腕に傷を負った。
「ロビン!!」
 すぐさまナイトウィングがフォローに入り、大事には至らなかったが・・・
 それと同じく、バットマンの姿をしたロビンも勝手の違いに戸惑っていた。いつもの調子で殴ってしまうと力が強すぎて少々危険だ。それに気づいたのはナイトウィングの
「バットマン!もっと手加減して!!」
 と言う悲鳴に近い叫び声が聞こえたからなのだが・・・・はじめの数人は完全に骨を折ってしまっているだろう・・・
 それでもどうにかジョ−カーほか数名を捕まえることに成功し、3人は少々ぐったりした様子でバットケイブへ戻った。
「ほら、ティムおいで。傷の手当しないと」
 ケイブに戻り、メディカルキットを取り出したナイトウィングがそう言うと、バットマンが不思議そうな顔をして自分を指差した。
「ああそうか・・・ややこしいなぁ・・・ブルース、傷の手当するからこっちきて」
 それに気づいて、ナイトウィングは苦笑して言い直した。
「・・・いや、私は・・・」
「ブルース。いつもみたいに我慢しないで。中身はあんたでも、その体はティムなんだよ?」
 たいした事はない、と断ろうとしたロビンにナイトウィングは己の腰に手を当ててたしなめる様に続けた。
 言われてしぶしぶながらロビンはナイトウィングの治療を受ける。確かに、この体で無茶をするわけにはいかない。
 そんな二人の様子を椅子に腰掛けて眺めていたバットマンに、アルフレッドから連絡が入った。
 どうやらウェイン邸に来客らしいのだが・・・厄介事はえてしてまとまってくるものである・・・客人は、ブルース自身と話をするまで帰らないと言い出しているようで、流石のアルフレッドもほとほと困っているようだ。
「ブルース、どうしよう」
 バットマンが情けない声でロビンに尋ねる。ロビンは口元を手で覆い、指先をとんとんと動かしてしばらく考えた後。
「仕方ない・・・ティム、お前が私になって対応しなさい。もし何か質問される様なことがあれば、それは私が無線で指示を出す。出来るな?」
 無謀とも言えるその命令に、バットマンはただ頷いた。







 ウェイン邸を美しい女性が上機嫌で後にする。それを見送る、にこやかな笑顔を浮かべたブルースとアルフレッド。
 彼女が車に乗り込みその車が見えなくなると、二人は同時に大きく息を吐いた。
 さすが、バットマンに変装したスーパーマンに演技指導をしただけあって。ティムが演じる「ブルース・ウェイン」は本人そっくりだった。
 話をする時の間の取り方、仕草、どれをとってもブルースそのもので、客人は中身がまだ10代の子供だと言うことにまったく気づかずに帰っていったほどだ。

『よくやった、ティム』
 ブルースがつけている超小型のイヤホンから、労う声が聞こえる。
「もう二度とごめんだけどね」
 それに苦笑して答えたブルースの姿をしたティムは、軽く伸びをし、再びケイブへと降りていった。


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