本来ならば、満点の星が輝いているはずの夜空も、この街ではスモッグが邪魔をしてその輝きを見ることはできない。 まるで、その代わりをするように街は華やかにネオンで輝きにぎわいを見せている。 そんな明るい街の陰を、今日もバットマンはパトロールをしていた。 ケイブに戻り、シャワーで汗を流して寝室に戻る。 それはいつもと変わらない行動。ただ、今日は寝室の方がいつもと違っていた。 「ブルース、お帰り〜」 ベッドの上で機嫌よさげに声をかけてきたのはディックだ。 「・・・酔っているな。私の部屋で何をしている?」 薄暗い部屋の中を照らすのは月の明かりだけ。それでも、ベッドの上に身を投げ出して、寝転がりながらブルースの方を向くディックははたから見ても酔っているとわかる状態だった。 今日は何かパーティーがあったわけでもないし、彼がこんな風に酔っている姿は珍しい。 新しくできた恋人にふられたりでもしたのか? そんな事を思いつつ尋ねれば。 「別に何も・・・ただ、一人になりたくなかっただけ。ダメだった?」 という答え。 酔っているせいか、いつもより素直に気持ちを明かすディックの、アルコールのせいで赤く染まった頬をブルースは撫でた。 「かまわんよ」 優しく微笑んで言われた言葉に、ディックも頬笑みを返し。ブルースにぎゅと抱きついた。 それからしばらくの間、二人は抱き合ったままベッドに横になり、他愛もない会話をしていた。 饒舌にしゃべるわけではなく、本当に少ない言葉での会話だったが。互いに意味は通じていたし、それが心地よかった。 「ねぇ、ブルース」 そんな時、ふと、ディックが思い出したかのように。 「オリヒメとヒコボシって、知ってる?」 いきなりなんだ?とは思ったが、 「ああ。アジアの神話のキャラクターだろう?」 それが?と先を促すと。 「あの二人、凄く好き合ってるのに、1年に1度しか会えないんだよね・・・」 そういえば確かにそんな話だったな。そう思いながら、ブルースはディックが言いたい事の意味を掴みきれず、少々困惑していた。 「1年に1度しか会えないなんて、凄く寂しいだろうね・・・」 そんなブルースの困惑を感じ取ったのか、ディックは切なげな表情でそう言って、彼の胸に身を寄せた。 これは・・・相当酔っているな。 ここ数日、ディックはここへは帰ってきていなかったので。彼に何が起こっていたのかはわからない。 だが、ひどく寂しがっているということは理解できた。 ブルースはそんなディックの背に腕を回し、あやす様にその髪を撫で。 「私は3年寂しい思いをしたがな?」 ここぞとばかりに本音をぶつけてみた。これだけ酔っていれば、明日になれば忘れているかもしれないが。 ブルースの言葉に、ディックは驚いたように顔をあげ。そしてまじまじと彼の顔を見つめながら。 「ほんとに、寂しかった?」 「ああ」 尋ねられ、素直に頷くブルースに。ディックは嬉しそうな、しかし、泣きそうなその顔を見られないようにするためか。ブルースの胸に額を当てて。 「あんな状態で飛び出したのに・・・すぐに返ってきたり、連絡入れたりなんかできないよ」 と、小さく笑った。 「だが、お前は帰ってきてくれた」 そんなディックをブルースは優しく、しかし強い力で抱きしめ囁く。 「うん、あんたの傍に、僕は自分の意思で帰ってきたんだ」 それに答えるように、デックもぎゅっとブルースに抱きつき囁き返した。 「ねぇ」 「ん?」 「あんたはずっと、ここにいる。よね・・・?」 「ああ。私はずっと、ここで、この街を守っていく」 次の日、目を覚ましたディックは目の前にブルースがいることに心底驚いたが、ベッドが広かったおかげでそのまま後ろに落ちるという事はなかった。 自分が驚いてあげた悲鳴で、ブルースも目を覚ます。 起き抜けに驚いた所為で、しばらくは分からなかったが。酷く頭が痛くて、昨夜の記憶が一切ないという事に気づいたディックはその事ををブルースに伝えると。彼はただ苦笑してベッドサイドに置いてあったミネラルウォーターをグラスに注ぎ、ディックに渡すと。アルフレッドを呼んでくる、とベッドから降りた。 ディックはグラスの水を飲み干して、彼が部屋を出て行く様子を頭を押さえながらぼんやりと眺めていた。 昨日の夜は、怖い夢を見て・・・眠れなくて酒を飲んだ。 一杯だけのつもりが、嫌な気持ちが治まらなくて。気が付けば日付は変わり、自分はブルースの腕の中。 すっぽりと抜けている記憶に不安は感じるものの・・・。 ブルースが傍にいてくれて。今、自分の感情がこれだけ落ち着いてるんだから、大変なことはしていないはずだ。 ・・・多分。 そう自分に言い聞かせて。ディックはゆっくりとベッドに横になると、目を閉じて、静かに息を吐いた。 END 2009/07/07 |