■Girl Wonder■



 しとしとと雨が降る夜。とあるビルの屋上。
「何があった」
「っ!?」
 漆黒の夜空に向かってライトを照らし、その方向を見つめていた中年の男性の背後の闇から静かに掛けられた声。
「その登場の仕方はどうにかできんのかね?」
 少々非難するような物言いだが、たいして気にした風もなく。男性は驚いて落してしまったタバコの火を踏み消し、闇から声をかけてきた人物、バットマンに歩み寄りA4サイズの封筒を手渡した。
 封筒の中には数枚の書類と一枚の写真。
「少々困ったことが起こってな。彼女の・・・護衛を頼めないか?」
 写真に写っている女性は、とある議員の愛娘だった。



「で、引き受けちゃったの?」
 闇に溶けるような漆黒のボディの車。その中で待機していたマスクをつけた少女が、車に戻ってきて簡単に状況を説明したバットマンにそう言った。
「・・・気になる事が・・・あったからな」
 バットマンは車を出して、正面を向いたまま少女にこたえる。
「ふぅん?」
 屋上にいた男性。ゴードン署長に手渡された書類を見ながら生返事を返す少女、ロビンの目の前に、バットマンはビニール袋に入れられた招待状を差し出す。
「これは?」
「今朝、議員の自宅のポストに入れられていたそうだ」
 その招待状は、ごくありふれたただの紙の招待状だったのだが。真ん中に大きく『今夜迎えに上がります』と書かれていた。
「『今夜迎えに』ね・・・」



 今回のミッションは、簡単にいえば大物議員の娘の護衛。
 ただ、この娘はどうやら今まで散々甘やかされて育ったようで、なかなかのわがままお姫様だった。
 彼女のそんな様子は普通にTVで面白おかしく報道されることもあり、かなり有名な事だ。
 そんな彼女が今、正体不明の何者かに狙われているという。
 当初は普段の彼女の振る舞いから、ストーカーの類だろうと彼女の父親も、被害届を出された警察側もそれほど問題視していなかったのだが。
 行き過ぎた好意のような嫌がらせが何日も続き、彼女が怯えて父親の議員も気が気でなくなり、ゴッサム警察のゴードン署長に助けを求めたというわけだ。
 そして、さらに彼女自身がわがままにより、バットマンに話が回ってきた。
 一般市民の間ではいまだ都市伝説に過ぎないバットマンの存在だが。上層階級の者達にとってはすでに、現実に存在を認められている彼に守ってもらいたい。と、言い出したのだ。
 それだけなら何をばかなことを・・・で済ませられるのだが、バットマンの護衛でなければ傍に置かないとヒステリックに暴れて、護衛にと就けられた警官達に当り散らす始末。
 もともと娘にひどく甘い父親がゴードンにバットマンを呼ぶように頼んでくるまで、そう時間はかからなかった。



「・・・・・・。」
「何か気になるのか?」
 議員の家へ向かう途中、バットモービルの中で。
 一通り書類に目を通し、バットマンの話を聞いて黙り込んでいたロビンに彼が尋ねると。
「・・・この話、断ることはできないの?」
 シートに深く座り、足を抱えて体を丸め、膝に顔を乗せて。ロビンはバットマンの方を向いて尋ね返した。
「何故だ?」
「なんだか、嫌な予感がするから・・・」
「書類に何か引っかかる所でもあったのか?」
「そういうわけじゃないけど・・・」
 抱えた膝に顔を埋めて、そのまま黙り込んでしまったロビンの頭に優しく手を置いたバットマンは。
「お前がそう感じると言うことは、何かがあるのだろうが・・・」
 護衛を依頼してきた娘の父親の議員も、何かときな臭い男だったが。今まで証拠らしい証拠もつかめずにいた。
「だが、これは奴の尻尾を掴むまたとないチャンスだ」
 懐に入り込めれば、何か掴めるかもしれない。
「行くぞ」
 いつの間にかモービルは議員の邸の裏に着いていた。バットマンはロビンに一言いい、モービルを降りると兵を飛び越えて中に消えていく。
 ロビンもすぐさま頭を切り替え、彼の後を追った。






 邸の中、議員に連れられ娘の部屋に行くと。
「きてくれたんだぁ!あたしぃ〜、もう怖くてぇ〜」
 部屋をノックして扉を開けた瞬間、ブロンドヘアーの少々きつめの化粧をした女性がバットマンに抱きついてそう言った。
 バットマンは少々驚いた顔をしていたが、慌てず騒がず女性を引き剥がして部屋に戻し。
「私は不振な者がいないか辺りを捜索してくる。ロビン、護衛は任せたぞ」
「了解」
 女性が何かを言う前に、バットマンは詳しい話が聞きたいから、と議員を連れて部屋を出た。
「ちょっとぉ!バットマンが守ってくれるんじゃないのぉ!!?」
「守ってくれますよ、邸の外からね」
 キーキーと喚く女性の言葉を軽く受け流して、ロビンは部屋を見渡した。
 ストーカー相手ならば、部屋に盗聴器が仕込まれている場合もある。
 最近部屋に新しく入れたものがないか、尋ねようと女性の方に向き直ると、彼女はベッドに腰をかけ、じっとロビンを見つめていた。
「・・・・・・何か?」
 あまりにじろじろと、まるで品定めでもするかのような視線に。ロビンは表情にこそ出さなかったが、少々不機嫌そうな声で尋ねると。
「ねぇ、貴女。彼とはもうセックスしたの?」
「は?」
 じっと見つめられたまま出された質問に、ロビンの思考が一瞬にして固まり、間抜けな声を返してしまった。
「だって、貴方達いつも一緒にいるんでしょ?」
 女性は、さも当たり前。とでも言うかのように続けるが、ロビンは女性の言葉の意味を理解するのに少々時間がかかり。
「ねぇ、どうなのよ」
 という、少々苛立ったような彼女の声で漸く我に返り。
「なっ!?へっ、変な事言わないでください!」
 思わず声を荒げてしまった。
「別に変なことじゃないじゃない。男と女がいれば、当たり前の事でしょう?」
 彼女はロビンが怒っている理由が本気で分かっていないようで。なおも食い下がり尋ねてくる。
「わ、私と彼はただのパートナーです!そういう関係ではありません!!」
「そう、じゃあ私が貰っちゃってもかまわないわね」
 やっとの思いでそう言い返せば、彼女は胸の前で両手を合わせ嬉しそうに笑った。
「本物を見て思ったの、彼と私は運命の恋人同士なのよ」
 さっきのあの瞬間のどこでそう思ったのかは知らないが、これは相手にしないほうがいい。
 1人できゃっきゃと盛り上がる女性を前に、ロビンは心底そう思い、彼女に背を向け部屋の中に怪しいものがないかを再びチェックし始めた。
「だからね貴女は邪魔なのよ」
 そう言われた次の瞬間、後頭部に鈍い衝撃。足に力が入らなくなり、崩れ落ちる体。ぼやける視界。
「なぁ、本当にいいのかよ」
「いいんじゃない?あとはあんた達がばれないようにすれば済むことでしょ?」
 朦朧とする意識の中で、ロビンはケープで隠れた方の手を動かし、こっそりとボイスレコーダーを作動させ、バットマンに緊急信号を発信する。
 その間も、部屋のどこかに隠れていたであろう男達と、彼女の会話は続いていたが。
「ゆっくり楽しんでね、Girl
Blunder」
 誰かに担がれるような感覚と、女性の笑い声を最後に、ロビンの意識は途切れた。






 それから数分後、慌しい足音と共に部屋の扉が荒々しく開かれた。
「やっと帰ってきたぁ!ひとりでさみ「ロビンはどこだ」」
 はじめにこの部屋に訪れた時同様、女性は扉を開けて現れたバットマンに抱きつこうとしたが、彼は彼女の肩を掴んでそれを阻止し、言葉をさえぎって低い声で尋ねた。
 低く、静かな声色に・・・彼女は一瞬怯えるような表情を見せるが。すぐにバットマンの胸に顔を埋め。
「知らないわぁ、貴方が出て行ってすぐにいなくなっちゃったもの」
 すんすんと鼻を鳴らしながら女性はさらにきつくバットマンに抱きつくが、彼はすぐに彼女を引き剥がし。
「調べた結果、この家の中が一番安全だということが分かった」
 そう言って、窓を開けバルコニーに出る。
 先ほどまで小ぶりだった雨は本格的に降り出し、遠くで雷鳴が聞こえていた。
「待ってよ!貴方は私を守るために来たんでしょう!!?」
「・・・鍵を閉め、部屋から一歩も出るな。そうすれば、何も恐れる必要はない」
 バットマンがケープをばさりと広げた瞬間稲妻が走り、一瞬視界がまぶしい光でさえぎられる。
「!?」
 次の瞬間には、すでに彼の姿はバルコニーから消えていた。






 議員の屋敷から少し離れた場所にある、とあるモーテルの一室。
「な・・・なぁ、どうするよ」
「どうするったって・・・」
 部屋の中では数人の男たちが、ベッドを取り囲んで話し合いをしていた。
 ベッドの上には後ろ手に縛られた少女が一人、静かに眠っている。
「好きにして良いって言われてるんだ。好きにすりゃいいんじゃね?」
 男の中の一人がそう言って、眠る少女、ロビンのベルトに手をかけた。
「おい、何する気だよ」
「とりあえずひんむいて写真でも撮っときゃ後でどうとでも使えるだろ?」
 男は笑ってそう言いながら、ロビンのベルトをはずそうとした。だが、その次の瞬間。
「ぎゃっ!!」
 男は悲鳴をあげてベッドから転がり落ちる。何事かとほかの男達は慌てるが、しばらくうずくまっていた男は片腕を抑えたままゆっくりと立ち上がり。
「電流流れたぞ!?ふざけやっがって・・・!」
 怒りに顔を真っ赤にした男はロビンに馬乗りになった。
「あったまきた。一発ヤって泣き顔見ねぇと気がすまねぇ」
「お、おい!まだ子供だぞ!?」
 さすがに、男のその言葉に焦ったほかの男が止めようとするが。
「ばぁーか、それがいいんじゃねぇか・・・それに」
 どうにかロビンのコスチュームを脱がそうとしていた男は、また電流で痺れる事を恐れたのか、脱がすことは諦め。ロビンの後ろに回って彼女を後ろから抱き締めるようにして膝の上に乗せ。その華奢な顎に手を添えて。
「お前らだって興味あるだろ?あのバットマンのサイドキックだぜ?」
 男はニヤリと笑いそう言って、ロビンの耳をべろりと舐め上げた。
「う・・・ぅ」
 すると、気を失ったままではあるが、外部からの刺激に反応したロビンは。目を瞑ったまま眉間に皺をよせ小さく身を捩った。
 その様子を見ていた男たちは、顔を見合わせ喉を鳴らす。
 確かにロビンはまだ幼さの抜けていない少女ではあるが、すでに女としての魅力は持ち合わせていた。
「お前らヤんねぇの?別にいいけどちゃんとビデオにでも撮っとけよ?」
 ロビンを抱えている男はその間も、彼女の耳の裏や首筋に舌を這わせ。その小さな胸を荒々しく掴んだ。
「んっ・・・?」
 その刺激に、痛みを感じたロビンは先ほどよりも大きな反応を示し。
「・・・・・・な、に・・・?」
 ゆっくりと目を開けて、ぼんやりとした表情のまま小首をかしげる。
「な、なあ。俺もヤっても・・・いいだろ?」
 ロビンが無意識にとったそんな可愛らしい仕草に、男たちに残っていた理性が完全に吹き飛んだ。
 突っ立ったままだった男の一人が、ベッドに上がりゆっくりと近づいてくる。
 いまだにぼんやりとしていたロビンだったが、自分が誰かの腕の中にいて、胸を鷲掴みにされていると気づいた瞬間に、意識が一気に覚醒した。
「えっ!?ちょ!!?なっ!!!?」
「よぉ、お目覚めかい?駒鳥ちゃん」
 慌てて体を動かそうとすると、背後の男は腰に腕を回し、逃げられないように押さえつけてきた。
 密着した下半身に、嫌でも感じる背後の男のモノに体が硬直する。
 すると、ゆっくりと近づいてきていた別の男がロビンの頬に手を添えて顔を近づけてきた。
 ロビンは嫌悪感を露わにしてその手を振りほどこうと頭を動かすが、逆に強い力でしっかりと抑え込まれてしまう。
 荒い鼻息の男と、互いの唇が触れあうまであとほんの数センチといった距離に来た時、ロビンは耐え切れずに目の前の男の股間を蹴り上げた。
「〜〜〜〜〜っ!!!!」
 男は声にならない悲鳴をあげて蹲り、まさか反撃を受けると思っていなかった周りの男たちは驚いて動きを止める。
 その隙を付いて、ロビンはまず背後の男の顔面に頭突きを入れ、拘束から逃れるとベッドから飛び降りようと体を起こした。
 だが、その足を頭突きをくらって鼻血を出している男に掴まれ。バランスを崩してベッドに倒れこんだ。
「よ・・・よくも、やりやが・・・っ!?」
 怒りに震える男の声が途切れ、ロビンの足を掴んでいた手がゆっくりと離れる。
 何事かと男の顔をよく見れば、先ほどまでとは正反対の顔色と表情を浮かべ、後ずさりを始めていた。
「・・・私のモノに何をした・・・」
 気が付けば、他の男達はすでに全員気絶させられていた。もれなく白目を剥いて、泡を吹いている者もいる。
「ひっ・・・ひあああああああ!!!!!」
 辺りの状況に気が付いた男は、奇声を発して扉を空けて隣の部屋へ逃げようとしたが、頭を掴まれその勢いのまま床に叩きつけられた。
 一瞬、何が起こったのか理解していなかったロビンは、すぐさま我に返り。グローブに隠し持っていたナイフで腕をきつく縛り付けていたロープを切り、二人が消えた部屋へ駆け込む。
「・・・っ!バットマン・・・!!」
 部屋の中では、すでに気を失っている男の頭を掴んだまま。何度も何度も床に叩きつけているバットマンの姿が。
「やめて!バットマン!!それ以上やったら死んじゃう!!」
 ロビンは慌ててバットマンの背中に飛びついて、男から彼を引き剥がそうとするが・・・周りの見えていない彼の動きは止まらず。
「バットマン!!私は大丈夫だから!!何もされてないから!!お願いやめて・・・!!!」
 今にも泣き出しそうな、悲痛な声で叫び、強くバットマンの体を後ろへ引く。
「・・・ロビン・・・?」
 そこで漸く、バットマンは動きを止め、男から手を放してロビンの方を見た。
「私は、大丈夫だから・・・」
 正気を取り戻したバットマンに、ロビンはふわりと微笑み彼にぎゅっと抱きついた。



 ロビンが録音していた音声と、この時に捕まえた男達の証言から。今回のストーカー騒ぎは議員の娘の狂言だったと言うことが判明した。
 議員自身はこの事には一切関わっておらず、純粋に娘を心配する父親として動いていたようだが・・・。
 だが、バットマンを邸に招き入れたことにより。議員が被っていた化けの皮はあっと言う間に剥がされ・・・彼は議員を辞職した。
 まぁ、それはまた数日後の話になるのだが。



 ロビンを攫った男達をゴードンに引き渡し、二人はケイブへと戻ってきた。
 ロビンはゴードンや、警官達と会話をしているときはいつもと変わらず、その愛らしい笑顔を振りまいていたのだが・・・。
「ロビン」
 モービルを降りて、先に歩き出した彼女をバットマンが呼び止める。
「何?」
 彼女は素直にバットマンの元に駆け寄り、彼の顔を見上げた。すると。
 バットマンはロビンをぎゅっと抱きしめた。
「え?な、なに??バットマン!?」
 いきなりの事に驚いた声を上げる彼女の耳元で。
「私に、嘘はつくな」
 囁かれた瞬間、ロビンの体は硬直した。だが、バットマンの手が、優しく彼女の頭を撫でるうち、彼女の体から徐々に力が抜け。
「っく・・・うっ・・・ふっ・・・」
 ぽろぽろと、その大きな瞳から涙が溢れ出し。
「こ・・・こわかっ・・・すごくっ・・・怖かっ、たっ・・・」
 子供のように泣きじゃくるロビンを、バットマンはただ優しく抱きしめていた。



 それから数時間後、ブルースの寝室にて。
 就寝のためにベッドに入っていたブルースの耳に、控えめなノックの音が。
 アルフレッドがこんな時間に尋ねて来る事はまずない。とすればそこにいるのは。
「開いているぞ」
 声をかけて、ゆっくりと開いた扉の向こうには、案の定ディックの姿が。その腕の中には枕を持っていたので、ブルースは少し嫌な予感がした。
「どうした?」
 それでも、不安げな表情の彼女に下手なことは言えず。ただ優しく尋ねると。
「あの・・・あのね・・・。一緒に、寝ても良い?」
 もじもじとしながら、申し訳なさそうに言う少女に、ブルースが返事を返せずにいると。
「・・・一人でいるの・・・怖くて・・・」
 そんな事を言われては、ブルースはNOと言うことができなかった。
「えへへ・・・」
 広いベッドに招き入れた少女は、照れくさそうに笑い。隣に潜り込む。
 はにかんだ笑顔に、ブルースは顔をほころばせながらも。
「・・・大丈夫、なのか?」
 あまり考えたくないことではあるが。自分も、今日彼女を怖がらせた奴らと同じ、男なのだ。
「私も、奴らと同じ・・・」
「ブルースは怖くないよ?」
 ブルースが言おうとしている事を、聡い少女は理解して、返事を返した。
 それは、ブルースにとってとても嬉しい言葉だったが、その直後に。
「ブルースも、アルフレッドも、ゴードンさんも怖くないよ?世の中の男の人がみんなああだなんて思ってないし」
 と可愛らしい笑顔で言われ、自分だけが特別ではないとわかり少しがっかりした。
「それにね、ブルースの傍が・・・一番安心するから・・・」
 少し恥ずかしそうに、軽く目を伏せて。ディックはそう言うと。ブルースのの頬に触れるだけのキスをして。
「おやすみなさい、ブルース」
 照れ臭そうに笑い、彼に背を向けて目を瞑った。

 それから、どれくらい時間がたっただろうか。
 隣には、小さな寝息を立てながら自分の腕を枕に、幸せそうに眠る少女。
「拷問だな・・・」
 その寝顔を見ていること自体幸せなことなのだが・・・自分がいつまで我慢できるのか。
 相手はまだまだ子供だということは理解しているのに、時折見せる大人びた表情にドキリとさせられる事が多くなっっているのも事実だ。
「参った、な・・・」
 ブルースは小さく呟いて、今夜は徹夜を覚悟した。



END

                                 2009/06/25














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