■Sexual Desire■



 薄暗い部屋の中。
 ベッドのスプリングを軋ませて、重なる二つの影。
「もっ、やっ・・・っ・・・あっ・・・」
 組み敷かれ、押さえつけられて。涙を流しながら掠れた声をあげるのは、この部屋の主でもある、ディックだ。
 ディックを押さえつけ、全てを喰らい尽くすかのように何度も何度も貪欲に求めているのは、彼の弟のような存在だった。ジェイソン。
 ディック自身は、ジェイソンを弟のように思っているのは今も変わりないのだが。ジェイソンは・・・
「まだ、足りねぇんだ・・・」
 眉を寄せ、切なげな声色で囁き。互いの指を絡ませるようにして手を握り。
「もっと、もっとアンタが欲しい・・・」
「ひあっ!?」
 さらに強く、突き上げた。






 数年前、まだジェイソンがロビンだった頃。
 身寄りのないジェイソンをブルースは引き取り、共に暮らしていた。
 確かにメシは旨いし服も上等、ベッドにもぐりこめば最高の寝心地を味わえた。
 だが、ウェイン邸はストリート育ちのジェイソンにはあまりにも息苦しくて、よくディックの所へ転がり込んでいた。
「ちゃんとここに来るって言ってあるのか?」
 そんなジェイソンを、ディックは多少困った顔をするもののちゃんと受け入れてくれた。
 本当に、兄貴ができたような気がして嬉しかったのだが・・・。
 ある日、自分の感情が、兄に対して思うようなものではない事に気づいてしまった。

 それは、いつもより遅い時間にディックの部屋を訪ねた時。
「おいおい、無防備だなぁ」
 酷く疲れていたのだろうか。ジェイソンが部屋訪れた時に、すでにディックはベッドに倒れこむようにして眠っていた。
 ナイトウィングのコスチュームを着たままで。
「ディック、起きろよ」
 流石にこれはヤバイだろうと思ったジェイソンは、"ナイトウィング"を起こしにかかるが。突っ伏して眠っている彼はなかなか起きそうにない。
「おい、ディック」
「んう〜」
 頬を叩いたり肩を揺さぶったりしていると。漸く迷惑そうな声を上げて寝返りを打った。
 が。
「・・・・・・ぐぅ」
「起きねぇのかよ!」
 起きるのかと思いきや、仰向けに体勢を変えただけで再び規則正しい寝息を立て始める。
 ジェイソンは、仕方ない、というように大きな溜息をついて。この状態のままで寝かしておいて、誰かに見られるわけにはいけないと。とりあえず、"ナイトウィング"のコスチュームを脱がせる事にした。
 まずはブーツとグローブを脱がせ、次はマスクを・・・実は、眠っているディックの顔をじっくりと見るのは初めてだった。
 こんな珍しい機会にそうそうめぐり合える物ではない。と、ジェイソンはまるで観察するかのようにディックの寝顔をじっと見ていた。
 男の自分から見ても、普段のディックは男前で、かっこよくて、魅力的だと思う。もちろん、そんな事は口に出しては言わないが。もてるであろう事は容易に想像できる容姿の持ち主だ。
 だが、こうやって眠っている顔を見ていると・・・。
 思った以上に長い睫に、うっすらと開いた唇。じっと見ていると、なんだか妙な気分になってきた。
「んっ・・・」
「っ!?」
 その唇に触れてみようと、そっと手を伸ばすが。まるでその手から逃れるようにディックは寝返りを打つ。
 まさか起きているのか!?と、その顔を覗き込むが、呼吸は規則正しいもので、起きている様子は見受けられなかった。
「お・・・脅かすなよ・・・」
 ドキドキと高鳴る鼓動を押さえるように胸に手を当てて、1人ごちる。
 気を取り直して、今度はコスチュームを脱がせにかかろうとしたのだが・・・。
「・・・・・・。」
 仰向けに寝かせて、改めてその姿をじっくりと見ると・・・このコスチュームはなんと無防備なのだろうと思ってしまう。
 大きく開いた胸元は、首から胸にかけて完全にノーガードだ。
 そんな事を考えていると、先ほど感じた妙な気分が再びよみがえってくる。
 ジェイソンは力いっぱい頭を振って、その気持ちを消そうとした。
 彼は同年齢の少年達より少々ませていた部分があった。だから、今沸き起こっている気持ちがどういうものなのかも理解している。
 理解しているからこそ、こんな感情が湧き上がってきたことが理解できなかった。
 同姓のディックに対し、性的な感情を持つなどと・・・。
 自分の感情に軽い混乱を起こしながらも、何とか上体を脱がせ・・・さて、下も・・・と、手をかけて。はたと動きを止める。
 全てを脱がしてしまうと、流石に、自分がヤバイ。
「ん〜〜」
 ディックの腰に手を添えたまま、勝手に妄想で固まっていると。上半身を脱がされて寒くなったのか。ディックは・・・。
「おわっ!?」
 何かを探すように手を動かした後、ジェイソンの腕を掴んで引き寄せ、腕の中に抱き込んだ。
「で、デデデディック!!!?」
「・・・・・くしゅっ」
 慌てて体を離そうとしたが。本当に寒かったのか、ディックのくしゃみが頭上から聞こえ、動きを止める。
 まぁ、下半身は布団を被ってしまえば見えないだろう・・・と、ジェイソンは器用に足でシーツをたくし上げ、ディックにかけてやり。自分もこのまま寝てしまおう、と目を閉じた。

「・・・・・・。」

「・・・・・・・・・うあ〜」
 つい先ほど自分が性的な感情を抱いていると気が付いてしまった相手・・・しかも上半身は裸だ・・・に、抱きしめられて静かに眠るなど、若いジェイソンには無理な話で。
「寝れるわけねぇじゃん」
 それでも、この温もりから離れるのはなんだか惜しい気がして。ゆっくりと、正面から抱きしめられている状態から、体を反転させ、背中を預ける体勢をとった。
 まだ、この方がましな気がしたが。
「・・・やべぇよなぁ、マジで」
 すでに大きくなってしまった自身をどうするか考えている内に、その日は朝を迎えてしまった。 



 それから数日間、ジェイソンは自分の性癖について真剣に悩んでいた。
 自分はゲイなのか?とも思ったが、街中で色っぽい女性やキュートな女の子に目を奪われるのは相変わらずで、男に目を惹かれると言うことはなかった。
 それに、ディックには自らハグを求め、ぎゅっとしてもらうとドキドキするが、別にブルースやアルフレッドにハグをしてもらってもドキドキするという事はない。
 というよりも、自分から抱きつこうとも思わない。

 結局、自分で出した結論は。
「ディックが悪い」
 彼以外に興味を示さない事から、原因はディックにあるんだ。と、全てを彼のせいにしてしまった。

 そして、久しぶりに彼の部屋へ泊まりに行ったときの事。
 ディックが完全に寝入った事を確認して。ゆっくりとシーツを捲る。
 起こさないようにシャツをたくし上げると、月明かりにその白い肌が浮かび上がる。
 超人でもなんでもない、ただの人間の彼の体は毎夜繰り広げられる戦いのせいで傷だらけだが。その均衡のとれた体はとても美しいと思った。
 ジェイソンはさらに、ズボンに手をかけた。

 目の前にあるのは、自分と同じ構造の体なのに。何故こんなにも自分は興奮しているのだろう。
 触れたい気持ちをぐっと抑え、ジェイソンは眠っているディックを前に・・・。
「ふっ・・・くっ・・・」
 今、ディックが起きて自分のこんな姿を見たらどう感じるだろうか。
 軽蔑する?嫌悪する?
 いや、もしかしたら。人の良いディックだから受け入れてくれるかもしれない。
 ・・・確率は限りなく低いけれど。
「んっ・・・ディック・・・っ・・・」
 ディックが目を覚まし、この状況を見られたらヤバイという事はわかっているのに。ジェイソンは自分の手の動きを止める事ができず。
 いっそ、今すぐ目を覚ませば良いとまで思うようになっていた。
 目を覚まして、自分がこんな状態なのはアンタのせいだと。責任を取れといえば・・・ディックはNOとは言えないだろう。
 だが、そうそう事は思っているように進むものではない。
 ジェイソンは眠っているディックを前にそのまま己の手の中で果てた。
「ちぇ、つまんねー」
 軽く唇るを尖らせて呟き、手の汚れをティッシュで拭きとると。それをそのままゴミ箱へ投げ捨てて、何事もなかったかのように、ディックの着衣を整えた。
「ほんと、起きねぇな。アンタ」
 相変わらずすやすやと寝息を立てているディックの頬をひと撫でして。ジェイソンも諦めたように布団にもぐりこんで目を瞑った。






 薄暗い部屋の中。
 目を瞑り、静かに寝息を立てているディックの髪を、ジェイソンは優しい手つきで撫でている。
 互いの体液で汚れていた体は綺麗にしておいた。
「・・・・・・。」
 月明かりが照らすディックのその均衡のとれた体は、本当に美しいと思う。
 あの日、初めてディックへの気持ちに気が付いたあの日から、ずっとそう思っている。
 あの日から、ずっと・・・。
 そんなことを考えていると、再び自身に熱が集まるのを感じ、苦笑する。
 ディックに関しては、本当に限度がなくなる。
「う・・・ん・・・」
 そんなとき、ディックが寝返りを打って自分に背を向けた。
 ジェイソンはこれ幸い、とその形の良い双丘を両手でささえ、その間に大きくなった自身を挟み込むようにして、ゆっくりと腰を揺らし始めた。
「んっ・・・なぁ、ディッキー。起きてるんだろ?」
 しだいにジェイソンの先走りでぬるぬるとしはじめたそこに、さらに自身を押しつけるようにして声をかける。
「ディッキー。起きてねぇなら、このまま入れるぜ?」
 耳元で、荒くなってきた呼吸を吹き込むようにして囁くと。ディックは少し身じろぎをして。
「・・・うぅ」
 ジェイソンから逃れようと体を捩るが、しっかりと腰を捕らえられていてそれもままならない。
「・・・も、やぁっ・・・あ・・・ジェイソン・・・ム、リ・・・ひっ!?」
 力ない声で抗議をするが。いきなり、後ろに感じていた硬さと熱さを股の間に移動され、引き攣った悲鳴を上げる。
「無理って割には、あんたも元気になってんじゃん」
「あぅっ!!」
 ジェイソンは自身をディックの股間に挟んだまま、まるでその"行為"をしているかのように腰を前後に揺らし、手を前に移動させディック自身をきゅっと握った。
「・・・なぁ、ディッキー?」
 だが、ジェイソンはふいに動きを止め、ディックの肩に顔を埋めるようにして名を呼ぶ。
「・・・・・・・・・?」
 不思議に思ったディックが肩越しに振り返ろうとすると、ジェイソンはその体勢のまま。
「アンタ、あの時も起きてたんだろ?」
「・・・あの・・・時?」
 訳もわからず聞き返せば、ジェイソンは少し顔を上げ、目の前にある首筋をべろりと舐め上げ。 
「俺がまだガキの頃、アンタの部屋に泊まった時だよ・・・むしろ、最初のあの日から気づいてたんじゃねぇの?」
 ジェイソンの問い掛けから、少しだけ時間をおいて。
「・・・な、何のことか・・・わからない、よ・・・」
 ディックは荒い呼吸を何とか整えながら、本当にわからないというように答えるが。
「嘘だな。アンタは顔や声は嘘吐きだけど。体は正直だからすぐわかるぜ」
 問いかけから、ディックが答えるまでの数秒の間に。一瞬だけ、その体がピクリと震え。直後、目の前にある耳が真っ赤に染まっていた。
 いくら声色や表情で平静を装っても、その体に起こった変化は隠しようがなく。いくら知らないと言われても、それが嘘である事は明白だった。
「そうだよなぁ、アンタがあんな事されてて。起きねぇわけねぇもんなぁ」
 子供だった当時はわからなかった・・・子供の頃は警戒される事もなかったので、当然といえば当然だ・・・が、今なら、ディックが常日頃からどれほど廻りに気を張っているのかがわかる。
 だから、あの晩も・・・起きていない訳が無い。
「なぁディッキー?俺、あん時からアンタが欲しくてたまらなかったんだ」
「んっ・・・やっ・・・」
 囁きながら、耳の後ろや項に何度もキスをして、白い肌に散らした所有痕をさらに増やしていく。
「今も、アンタが欲しくてたまらない。だから」
「うっ!あっ・・・ぁっ・・・」
 そして、ディックの股の間に挟んでいた自分自身をゆっくりと引き抜き・・・
「もっと、アンタを・・・俺にくれよ・・・・・・」
 ベッドにディックを仰向けに押し倒し、押さえつけると。
「あっ!やだっ!!」
 ディックの抵抗を無視して、もうほとんど動かせなくなっている足を抱え上げ。
「っ、ジェイ・・・ソッ・・・あぁっ!!」
 ゆっくりと、今夜、すでに何度も貫いたその場所へ。再び自身を埋め込んでいった。






 気が付けば、すでに外はうっすらと白み始めていた。
「・・・・・・。」
 隣でのんきに寝息を立てている男の鼻を、腹いせとばかりに摘み上げれば、
「ふがっ」
 と間抜けな声を上げて、男は寝返りを打った。
「お前も勝手な奴だなぁ・・・」
 そんな男、ジェイソンの様子に、ディックは苦笑して呟いた。



 確かに、あの夜。ディックは起きていた。
 別に、最初から起きていたわけでもなく。ジェイソンが部屋に入ってきて、声をかけられるまで気を失うように眠っていたのは確かだ。
 だが、すぐに意識を覚醒させたディックはそのまま、寝たふりを続けた。
 初めはただ、ジェイソンがどういう行動に出るのか見てやろうという好奇心と、驚かしてやろうという悪戯心からだったのだが。
 マスクを外されて、唇に触れられそうになった時、何かヤバイと思った。
 慌てて寝返りを打つふりをすると、こんどは上半身だけ脱がされてジェイソンは固まってしまった。
 流石に寒くなったディックは固まったままだったジェイソンを抱き込んで暖をとることにしたが。この時はまだ、ジェイソンの気持ちには気づいていなかった。

 それから数日は、ジェイソンも特に変わった様子もなく、その夜の事もほとんど気にはとめていなかったのだが・・・
 久しぶりに、ジェイソンが泊めて欲しいといってきたあの晩。
 まさかあんな事をされるとは思ってもみなかった。
 起きている時はいつもと変わらなかったのに。夜、ベッドに入って暫くしてジェイソンのとった行動に、頭の中が真っ白になった。

 何で、こんな状況に!?ジェイソンは何でこんな事を!?

 頭の中では疑問だけがぐるぐると廻って。
 ただ、今自分が起き上がってこの状況をジェイソンに問い質せば、彼は酷く傷つくのではないか?と考え。この時は寝たふりをし続けるしかなかった。
 そして・・・切なげに名前を呼ばれ・・・ジェイソンの気持ちに気付いてしまった・・・

 ジェイソンが自分のことを好いている、という事はわかったが。昼間、普通に接している間彼はそういったそぶりを見せる事はなかった。
 多少のスキンシップはあるが、それは今までと変わりのないものだったし。何より。普通に、街を歩く可愛い女の子や隠しておいたポルノ雑誌に反応をしている。
 あの夜の事は、多感な年頃の好奇心からという事に自分の中で無理矢理納得をするものの。
 時々、思い出したかのようにジェイソンはディックの家へ泊り込んでは。バレていないと思っているのか、あの行為をして眠りについている。
 そんな状態が暫く続き。流石に、ちゃんと理由を聞いて止めさせた方がいいよな。と思い始めた頃。

 ジェイソンがディックの家へ泊まりにくることはなくなった。
 ちゃんと向かい合って話し合ってやればよかったと後悔しても・・・もう、遅かった。

 だが、ジェイソンは帰ってきた。
 自分よりも大きくなって。変わらない、悪戯小僧の笑顔を浮かべ。時には邪魔をして、時には助けてくれて。
 何がしたいんだ!と問い質してやろうと思えば、レイプまがいに押し倒されて。
『アンタが・・・ディックが欲しいんだ』

 そして、今に至るわけなのだが・・・



 幸せそうに隣で寝こけているジェイソンの髪を軽く撫で、ディックは小さく溜息をつく。
 ジェイソンが自分を欲しているのはもう十分なくらい思い知らされている。
 だが・・・
「僕は、お前のものにはなれないよ・・・」
 ディックを捉えているのは大きな漆黒の蝙蝠。
 一度はその蝙蝠から逃げ出したが。結局、自分の意思で戻ってきてしまった。
 自分はどう足掻いても、あの蝙蝠から逃れる事はできない。逃れようとも思わない。
「う〜」
 ふと、ジェイソンが寒くなってきたのか、眉間に皺を寄せ擦り寄ってきた。昼間は幾分温かくなってきたとはいえ、まだこの時間帯は多少冷え込む。
 ディックはその頭を優しく抱きこみ。
「・・・ごめんな・・・」
 ジェイソンの額にキスをして、まだ仕事に出るまで時間がある。と眠るために再び目を閉じた。



END

                                 2009/03/25














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