ここ数日続いた寒気のお陰で。ゴッサムの街は雪化粧を施されていた。 そんな街の中を、一台の黒塗りのリムジンがゆっくりと走っている。 「え〜っと、今日買わなきゃならない物はこれだけ?」 後部の座席に座り、メモを見ながら黒髪の青年。ディックが車を運転している老人。アルフレッドに声をかける。 「ええ。お二人のお陰で思ったよりも早く終わらせる事ができました。有り難うございます」 アルフレッドが笑顔でそう答えると、ディックは苦笑し・・・その隣で座席の半分以上を占領するように、ふんぞり返って座っているこれまた黒髪の青年、ジェイソンがフンッと鼻を鳴らす。 「俺らがあそこに居る事知ってて、手伝わせるために張ってたんじゃねぇのか?」 そして、不機嫌そうに皮肉をこめてそういうが。 「まさか。私があの場にいたのも、ディック様やジェイソン様に 運 よ く お会いする事ができたのも。全て 偶 然 でございます」 いつもの笑顔でそう返され、ジェイソンは再び面白くなさそうに鼻を鳴らした。 初め、アルフレッドは1人で今年最後の買出しをしていたのだが・・・。その途中で 偶 然 にもディックとジェイソンに出会い、彼等に荷物もち等で手伝ってもらい。そのお礼に、夕食でも。とそのままウェイン邸へ向かっている最中だ。 「つかさ、終わったんなら降ろしてくんね?」 初めからあまり乗り気でなかったジェイソンは、何だかんだと言いながら最後までこの買い物に付き合わされていて。買い物が終わったのならお役ごめんとばかりに言い出した。 「え?」 それに少し驚いたような顔をしたのは、運転席のアルフレッドではなく隣に座っていたディックだ。 ディックはジェイソンの顔を覗き込み。 「なんだよ、帰っちゃうのか?」 意外だ。と言うような表情に、ジェイソンも同じような表情を返す。 「お前、アルフのご飯食べたくないの?」 首をかしげたままそう尋ねられ、ジェイソンはうっと言葉に詰まる。 「・・・誰もんな事言ってねぇだろ・・・」 正直、アルフレッドの作る料理は食べたい。だが、それはウェイン邸までついていかなければ叶わない事。 はっきり言っていまだブルースの事は嫌いだし、さらにウェイン邸には気に入らないあの『くそガキ』もいる。 自分が嫌いな二人に会わなければならない事と、自分が好きなアルフレッドのディナーをディックと共に味わえるという事を天秤にかけて悩んでいると・・・ 「・・・そうでございますか・・・久方ぶりにジェイソン様の 為 に 腕によりをかけようと思っていましたが・・・食べたくないのでしたら、無理にとは・・・」 「だから、誰もんな事言ってねぇって!!」 アルフレッドがさも悲しそうに言うもので、ジェイソンは思わず大きな声で叫んでいた。 「じゃ、降りなくても問題ないよな」 それを聞いて、ディックは微笑みアルフレッドにウィンクを飛ばす。アルフレッドもにっこりと笑い。そこで漸くジェイソンははめられた、と気が付きうなだれた。 それから暫くして、 「あ!ちょっと止まって!!」 窓の外を見ていたディックが急に声を上げた。 アルフレッドは少し驚きはしたものの、言われるまま路肩に車体を寄せ停車する。 「ディッキー?」 車から降りようとするディックに、ジェイソンが不思議そうに声をかけた。 「ティムがいたんだ。どうせ途中で拾ってく予定だったし、呼んでくる」 アルフレッドにも聞こえるようにそう言って、車を降りて行ってしまった。 「・・・今なら、逃げる事も可能ですよ?」 「・・・・・・待ってるよ・・・」 走っていくディックの後ろ姿を眺めているジェイソンに、アルフレッドが声をかけると。彼は面白くなさそうに一言だけ返し、座席に深く身を沈めた。 ディック達が乗っていた車が止められた場所から、少し戻った先にある路地。そこで、ティムは雪かきによって出来た雪山に腕を突っ込み、探し物をしていた。 そのすぐ傍には、ティムが着ていたダウンジャケットを羽織り、手にはティムのマフラーを持ったままおろおろとしている1人の少女が。 「もういいよ。落としちゃった私が悪いんだし・・・」 少女は少し泣きそうになりながら、ティムに声をかける。だが。 「けど、大事な物なんでしょ?」 ティムは一度体を起こし、冷えた手を擦り合わせると。再び雪山を掘りだした。 「大丈夫。さっき落としたばっかりだったら、すぐ見つかるよ・・・っと」 そう言った直後、ティムは何かを見つけ、少女に手渡した。 「ほら、ね?すぐ見つかっただろ?」 にっこりと笑って、少女の手に握らせたのは・・・アンティークなのか、少し古い感じがするロザリオだった。 「もう落とさないよう気をつけてね?」 「ええ、ほんとうに有り難う」 少女はティムの背にダウンジャケットを、そして首ににマフラーをかけ。その手をぎゅっと握りお礼を言い、何度も振り帰りつつその場を去っていった。 「彼女、送ってあげなくていいのか?」 「っ!!?」 そんな少女を見送っていたティムをディックが背後から圧し掛かるようにして捕まえ、声をかける。少女の方に気をとられていたせいか、ティムにしては珍しくディックのその行動に驚いたようで。大きく目を見開きすごい勢いで振り向いた。 「ディック!?いつから・・・?」 ティムの問いにディックは少し考えるように軽く上を向き。 「ん〜・・・お前が雪の中に腕突っ込んで何か探してる最中から・・・かな?」 「・・・見てたんなら手伝ってくれればいいのに・・・」 ディックの腕から逃れ、ダウンジャケットを羽織りつつ唇を尖らせてそういうと。 「邪魔しちゃ悪いかな〜?って思ってさ」 と、ティムにしては思いがけない言葉をウィンクと共に返され。ティムは顔を赤くして。 「か、彼女とはそういう関係じゃないよ!!ただのクラスメイト!!」 と大きな声を出し否定した。 「あれ?そうなの?なんだかずいぶん親しそうだったから僕はてっきり・・・」 「・・・彼女が形見のロザリオをこの辺りで無くしたって言うから、探してたの。女の子がこんな雪の中で座り込んで探し物してたら、変わりに探してあげるのは当たり前でしょ?」 ディックがすべてを言い終わる前に、ティムは今自分がしていた事の説明を軽くする。ディックにそういう誤解はされたくない。というのが本心なのだが・・・ 「ディック?・・・ッ!うわっ!!何!!?」 ディックは黙ったまま、がばっとティムにヘッドロックをかけ。 「なんだよティム。お前やっぱり男前だな〜!!」 と、その頭をわしわしと撫でた。 「ちょ!!痛い!痛いよディック!!やめてってば!!」 じたばたともがくティムを解放すると、ディックはそのくしゃくしゃになった髪を整えるように優しくティムの頭を撫で。 「お前はやっぱり、カッコイイな」 とにっこりと微笑んだ。 「そ・・・そんなこと、無いよ・・・」 そんな微笑を間近で向けられ。ティムは顔が赤くなったことを寒さのせいにし、マフラーを巻きなおす。 「・・・ところで、ディックはどうしてこんなところに?」 それから、漸く歩き出し尋ねると。 「アルフレッドの買出し手伝っててさ。車で通りがかったところで、お前を見つけたってわけ」 「そっか。アルフレッドに迎えに着てって電話、しようと思ってたんだけど・・・」 「ちょうど良かっただろ?」 そういわれ、素直に頷くが。止めてあった車の傍に来て、思い出したかのようにディックが軽く声を上げた。 「どうしたの?」 「あ〜・・・んとね、実はもう1人、買い物を手伝ってくれた奴がいてさ・・・」 珍しく歯切れの悪い返事に、勘の良いティムはすぐにその原因を理解した。 「・・・助手席に・・・座る?」 車のドアに手を掛けたまま、控えめに出された提案に。ティムは笑顔でこう返した。 「僕、体冷えちゃったから・・・1人で座るのはちょっと寒いと思うんだ。ディック、後ろで一緒に座ってくれる?」 それから、ウェイン邸に戻るまで。車内は微妙な空気に包まれていた。 車のドアを開けた時にはすでに不機嫌なオーラを出しているジェイソンを、奥に押し込めるようにして乗り込んだティム。 そのティムに腕を引っ張られるようにして車内に乗り込み、ドアを閉めたディック。 時折、ティムとジェイソンは威嚇しあうように互いを睨み付けてはいたが。言い争いや殴り合いを始めることも無く、無事にウェイン邸に戻ることが出来た。 言葉には出していないが、ティムはジェイソンがここにいる理由を理解していたのだ。 これは、おそらく執事が用意した。家主への少し遅めのクリスマスプレゼント。 ディックはそのプレゼントを用意するのに、自ら一役かって出たのだろう。 プレゼントの存在は気に入らないが、家主が喜ぶことはまず間違いない。だから、ほんの少しの間自分が我慢すれば良いだけだ。 ただ、必要以上にジェイソンとディックがくっ付いたりするのは面白くないので。今こうやって二人の間に割って座っていることは、ティムのささやかな抵抗だったりする。 ウェイン低について、まずは買ってきた物を若い3人が分担して運ぶ。それから、皆がいつもくつろいでいる居間へと向かうのだが・・・ ブルースは暖炉の前に設置してあるソファーに腰掛け新聞を読んでいた、が。いつもと違う声が混じっていることに気づき顔を上げ。驚き、持っていた新聞を落とす。 ジェイソンはそんなブルースを尻目に、 「ぜひって言われたからアルのメシ食いにきただけだ。食い終わったら帰るからな」 と、持っていた荷物を置いてさっさと過去に自分が使っていた部屋へいってしまった。 しかし、そこは策士のティムがいるウェイン邸。同じく策士ではあるが、ジェイソンがきてくれて嬉しいのにどうして良いのかわからないブルースとは違い、言葉巧みにジェイソンを部屋に戻さないようにしていた。 そして結局、食事が終わってもジェイソンはウェイン邸に残っている。 流石に、バットマン、ロビン、ナイトウィングのパトロールにレッドフードとしてついていくことは無かった・・・最後までバットマンとナイトウィングが何か言いたげに視線を向けていたことは流石に無視をした・・・が。彼らがいないうちにここを出るという気も起こらなかった。 ちらちらと雪が降るバルコニーで、1人ぼんやりと空を見上げていると。 「風邪を引いてしまいますよ?」 昔と変わらぬ優しい声をかけられ、思わず顔がほころんだ。 「俺は馬鹿だから風邪なんかひかねーよ」 だがすぐに、いつもの皮肉った笑みに変え、そう返す。 「暖かいお飲み物は如何ですか?」 アルフレッドはそんなジェイソンに静かに微笑み、室内に彼を招こうとするが。 「いや、流石にそろそろ行くわ。あいつらも帰ってきたみたいだし・・・」 ジェイソンは空を見上げ呟いた。すると、まるでその呟きが合図だったかのように、空からふわりと青い鳥・・・ナイトウィングが舞い降りてきた。 アルフレッドはそれを確認して、一礼をしてその場を離れる。確認するまでもなく、ブルースのところへ向かったのだろう。 「良かった、まだ行ってなかったんだな」 バルコニーに降り立ったナイトウィングは、心底安心した。とでも言うような声色でジェイソンに微笑みかける。 「そろそろ帰ろうと思ってたとこだけどな」 それに、ジェイソンは軽く息を吐いて肩をすくめ素っ気無く言った。 「・・・行っちゃうのか?」 ナイトウィングの声は、明らかに寂しさを表している。それはジェイソンも同じだった。短い時間だったが、ここにいる間、とても心地が良かった。 「なんだよディッキー、俺がいなくなるの、そんなに寂しい?」 だが、ジェイソンはそれを表に出さずに茶化してその気持ちを誤魔化そうとした。 「・・・うん、寂しいよ・・・」 いつもなら、ここでナイトウィングは顔を赤くして。『そんなわけあるか!!』と怒鳴るのだが・・・今日は違った。 素直に気持ちを見せられ、ジェイソンは息を呑む。 「な、ジェイソン。僕も信じてるんだよ・・・あの手紙の、あの言葉・・・」 ・・・また、家族になれると信じて・・・ 微笑みながら言われたその言葉に、ジェイソンは言葉を失った。 正直に言えば、あんな冗談交じりの手紙の内容を覚えていてくれた事も。今、自分がいなくなることを寂しいといってくれた事も。素直に嬉しいと思っていた。 だが。 まだ、自分は家族には戻れない。 「・・・そろそろ行くよ。日が替わっちまう・・・」 ジェイソンはそう言って欄干に手を掛けた。 「あっ・・・!!」 ナイトウィングは驚いて手を伸ばすと、ジェイソンはさっと振り返り、その腕を掴んで。 「っ!!?」 引き寄せ、すっぽりとナイトウィングを抱きこみその唇にキスをした。 「ッ!!いってぇ〜」 だが、すぐさまナイトウィングはジェイソンの腹に強烈な一撃をお見舞いして離れ、唇を手の甲でぐいっと拭う。 「お前はまたすぐそういう事をする!!」 まるで猫が威嚇をするように、顔を赤くして怒鳴るナイトウィングに、ジェイソンは腹を押さえながらも笑って。 「うん、やっぱディッキーはこうじゃないと」 そう言いながら、欄干に手を掛けて飛び乗った。 ちょうどその時。 ゴッサムの街の方から大きな音とまばゆい光が。 「日付、変わったみたいだな・・・」 驚いてその方向を見ているナイトウィングに、ジェイソンも同じ方向を向きながらぽつりと言い。 「Happy New Year!!じゃあな、ディッキー!!」 ジェイソンは子供のような無邪気な笑顔でそう言って。そのままバルコニーから飛び降りて、いつの間に用意をしたのか。置いてあったバイクに跨りウェイン邸を飛び出していった。 しばらくの間バイクのエンジン音を聞いていたナイトウィングの耳に、すぐ傍からガラス戸をあける音が届いた。 「・・・行ったか・・・」 室内からバルコニーへと続く扉を開けて出てきたのはブルースだ。ガウンを羽織っているが、その下はバットスーツのままだ。 「うん・・・何でもっと早く出てこなかったのさ」 ナイトウィングはマスクを外し、少しだけ非難するような口調で言うと。 「私はいない方が良かっただろう・・・?」 と、ブルースは後ろから包み込むようにしてディックを抱きしめた。ディックはブルースの腕の中で小さくため息をついて。 「ほんと、あんたもあいつも。不器用だよね・・・」 深々と降り積もる雪の中。ディックはゆっくりと振り返り、ブルースの体をぎゅっと抱きしめた。 時折、ゴッサムの街に上がる花火の光が二人を照らし出していた・・・。 END 2008/12/31 |