■On Knee■



 それは、まだディックが大学生で、週末には必ず寮からウェイン邸へ帰ってきていたころの事。
 冬の長期休暇期間中のちょっとした出来事。

 その日、ディックは大学から出された課題を片付けていたのだが・・・
 どうしてもわからない部分がでてきてしまい、書斎で本を読んでいたブルースの元へとやってきた。
 書斎のドアに控え目にノックをして、暫く待っても返事が無い。
 聞こえなかったのか?と、もう一度ノックをしてみるが、結果は同じ。
 この部屋に来る前に、アルフレッドにブルースの所在を聞いたら書斎にいると言っていたし、ブルースが外に出た気配はなかった。
 おかしいな?いないのかな?そう思いつつも、
「ブルースごめん、ちょっといいかな?」
 ドアを開け、少し顔をのぞかせてみると。書斎の大きな椅子に座り、机に頬杖をついているブルースの姿が見えた。

 なんだ、やっぱりいるんじゃないか。聞こえてなかったのかな?

「ブルース?」
 ディックは部屋の中に入り、机の傍へと歩み寄る。そこで漸く。
「・・・寝てるの?」
 椅子に座っているブルースは目を閉じて、すやすやと静かに寝息を立てていた。
 珍しい事もあるものだ。と、思うと同時に、それも仕方の無いことか・・・とディックは納得していた。
 ここ数日は、昼間はブルース・ウェインとしても様々なイベントに引っ張り出されていたし。夜も数日続けて追っていたいたヴィランを、昨夜漸く捕まえたところだったから。
 今日は昼間の仕事も入っていない、久々のオフだったのだ。

 せっかく気持ちよさそうに寝てるのに、邪魔しちゃ悪いよね。

 ディックはすぐ隣に立っても一向に目を覚まそうとしないブルースの様子に苦笑して、その場を立ち去ろうとするが。
 いくら暖炉で適温に暖められた部屋だからといって。さすがに、このまま寝かせていたら風邪を引いてしまうだろう。と、机の上に持ってきていた参考書等を置いて毛布を取りにいこうとした。
 そのとき。
「え?」
 不意に、強く後ろに引っ張られる感覚に反応が遅れ。そのまま倒れこむようにして・・・
 気づけば、ブルースの膝の上へ横抱きにされる形で納まっていた。
 驚いて、ワンテンポ遅れて見上げてみれば。自分を引っ張り倒した相手は、とても眠そうに大きくあくびをしている。
「・・・ブルース?」
 驚いた表情のまま相手の名を呼ぶと。ブルースは目頭をぎゅっと押さえつつ。
「何かあったのか?ディック」
 とても優しい声色で言われ。ディックはなんだか懐かしい気分になっていた。
「えっ、あっ。その・・・課題で・・・わからないところがあったんだ・・・」
 ブルースに抱えられたままだったディックはそういうと、膝から降りようとしたのだが。
「ふむ」
 ブルースはディックの腰に手を回したまま机の上に置いてあったディックの参考書を引き寄せ。
「どこが、わからないんだ?」
 と、ぺらぺらとページをめくった。
「え?このまま!?」
 この状況に、さすがにディックは焦って声を上げる。ブルースの膝の上に座ったまま勉強を教えてもらうだなんて事は・・・
「どうした?いつもこうやってるじゃないか」
「・・・!!?」

 もしかしてブルース、まだ半分寝てる!?

 確かに幼い頃は、宿題を教えてもらうときに時々こういう状態になりはしたが。いつも・・・というほど教えてもらっていたわけではない。
 どうやらブルースは過去の夢を見ていて、今もその夢の続きだと思っているようだった。
「ブ、ブルース!!あのね!?」
 さすがにこんな状態で課題を解くことなど無理だと。ちゃんと目を覚まさせるためにも腰にまわった腕を外そうともがくが、逆腕に力をこめられ。
「ディック・・・大きくなった・・・な・・・」
 と、耳元でしみじみといわれ。やっぱりちゃんと起きていてからかわれているのか!?と振り返れば。
「・・・・・・」
 ブルースは再び静かに寝息を立てていた・・・
「・・・な・・・なんなんだよ・・・もう・・・」
 寝ぼけていた相手に自分は何を慌てふためいているんだ。とディックは大きくため息をついて、ブルースの膝から降りようとする。
 が。数えるほどしかないとはいえ。確かにこの状態で、色々教えてもらった事は事実だ。
 幼い頃は父の代わりをしてくれていたブルースの膝の上が大好きで・・・それでも、ブルースは本当の父ではないし、自分もそんな子供ではない、と。そんなに甘えるわけにはいかない、と。我慢をしていた事も思い出していた・・・
 ふと、自分を抱きしめて眠る相手の顔を見上げれば、先ほど1人で寝ていたときよりも穏やかな顔をしている・・・様な、気がした。
「今だけ・・・少しだけ・・・」
 幼い頃の自分の夢を見て、こうやって抱きしめてくれたブルースは・・・自分がいなくて寂しいと、少しでも・・・思ってくれていたのだろうか?
 そんな事を考えながら、眠るブルースの胸に耳を当て目を閉じると。そのぬくもりの中で、ディックも次第に穏やかな眠りへと誘われていった。






 夕食の時間、アルフレッドからのコールに目を覚ましたブルースは、自分の腕の中にディックがいる事に酷く驚いた。
 何がどうなってこの状況になったのか、思い出そうとするが一向にわからない。
 そうこうしている内にディックも目を覚まし・・・
「ん・・・あ、れ?あ・・・僕も寝ちゃってたんだ・・・」
 と、何事もなかったかのようにブルースの膝から降りる。そして軽く伸びをしてから。
「ご飯でしょ?食べ終わったらちょっと僕に時間頂戴?」
 とにっこりと言って書斎から出て行ってしまった。



 食堂にて、準備をしていたアルフレッドが椅子に座ったディックに声をかける。
「ディック様、ブルース様は・・・」
「ああ、たぶん足が痺れて暫くは動けないと思うよ?」
 苦笑しつつすぐに返された返事に、アルフレッドは少し首を傾げたが。 「左様でございますか」
 ディックの様子から非常事態、というわけではないのだろう。と再び夕食の準備に戻っていった。



END

                                 2008/12/02














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