■Have A Good Cry■



 今日もいつもと変わらず、昼も夜も動き回ってくたくたで。
 家に帰ったらとにかく眠ってしまおうと寝室に入って服を脱ごうとした僕の耳に、コツコツと窓ガラスを叩く音が聞こえた。
「Hallo Dickie.」
 音の方へ視線をやると、窓の外で手を振る赤いマスクを被った男・・・。
 僕は無言で携帯電話を取り出し耳にあて。
「もしもし警察ですか?窓の外に不審者が・・・」
「ちょ!ディッキーそれ酷くね!?」
 もちろん警察に通報なんてしていない。窓の外で慌てるレッドフード=ジェイソンの姿を見て、僕は思わず吹き出した。
「ちぇっ」
 そんな僕の姿を見て、ジェイソンは面白くなさそうにしている。笑いの種にされたんだから、当たり前だろうけど。
「あはは、悪い悪い。で、お前はそんなところで何してるんだ?」
「ディッキーが帰ってくるの待ってたんだ。な、ここ開けて?」
 いつもは無遠慮に部屋に入り込んで勝手に寛いでいるくせに・・・
 そう思いながらも、僕は窓を開けジェイソンを招き入れた。ロビン=ティムにこの現場を見られたら怒られそうだな・・・なんて思ったけど。
 なんだか・・・ジェイソンの様子がいつもと違ったから・・・。






「こんな時間になんの用だ?」
 開放された窓から室内に入り、マスクを脱いだジェイソンに部屋の主、ディックが声をかける。
「あんね、腹減ったからディッキーの作ったメシ食いたいなって思ってさ」
 ジェイソンは悪びれる風もなく。むしろ、無邪気な子供のように言った。
「あのな・・・僕はお前の"ママ"じゃないぞ?」
 "ママ"じゃない。その言葉に、一瞬ジェイソンが表情を変えたような気がしたが。ディックはそれには触れなかった。
 呆れつつもディックがキッチンへ移動すると、ジェイソンもそれに続きキッチンへ移動し、そこにある椅子に座る。
「だってディッキーのメシ、旨いんだもん」
 先ほどの一瞬の表情の変化などなかったかのように、ジェイソンは甘えたように言う。それを聞いて、ディックは仕方ないなというかのように苦笑し。自らの夕食も兼ねた食事の準備を始めた。

「けどさ・・・」
 ぐつぐつと煮える鍋を前に、ディックが思い出したかのように小さく声を出す。
「ん?」
「お前、僕が料理になんか仕込むとか思わないわけ?」
 ふとよぎった疑問。自分はもちろん、ジェイソンのことを信用している。だからこそこうやって部屋にいれて食事を用意したりしているのだが・・・
「デッキーはそういう事しねぇって、俺知ってるもん」
 テーブル頬杖を付いて、にっこりとそう返され。ディックは顔が少し赤くなるのを感じた。
「そ・・・そっか・・・」
 赤くなった顔に気づかれないように、再び鍋に向き直ったが。
「あれ?もしかして照れた?」
 それが逆効果だったらしい。ジェイソンは嬉しそうに言いながらくっついてきた。
 邪魔だ!うっとおしい!!そう言って、ディックはジェイソンを引き剥がすが、その顔は笑っている。
 信用してもらえるのは、やはり嬉しい。



 食事も終わり食器も片付け終わり。食後のコーヒーを飲んでいたときに、急にジェイソンがまじめな顔をして。
「なぁディック。今夜泊めてくんね?」
「へ?」
 今まで普通に談笑していただけに、いきなりのその申し出にディックは少々面食らった。
「ど・・・どうした?急に」
 いつもなら、こちらの都合など気にした風もなく。いきなり押しかけてきてベッドを占領して・・・そんな事ばかりされていたので、流石に驚いていた。
「駄目か?」
 まるで、捨てられた子犬のような目で訴えかけてくるジェイソンに、ディックの心が揺れ動く。
 ジェイソン自身はこの表情を計算でしているわけではないのだが、はからずともディックの気持ちをかなり大きく揺さぶっている。
 ディックはこういった頼まれ方をすると"No"と言えない性格なのだ。
「あ・・・いや・・別に、ダメじゃない・・・けど・・・」
 しどろもどろにそう答えると、ジェイソンの表情が一変する。
「マジで!?」
 先ほどまでの悲壮な表情はどこへやら。
 ジェイソンはお預けを解除された犬のようにディックに抱きつき、ついでに背中に回した手を下の方へ動かして。調子に乗るなとディックに顔面を殴られていた。






「な〜、一緒に寝ていいだろ?」
「ダメ、ベッド狭いだろ」
「今夜は寒いぜ?」
「エアコン入れてるんだから大丈夫だろ」
 ディックにとってはようやくの就寝時間。そこでもジェイソンはおねだりをしてきたが。これは譲れない、とディックは頑としてそのおねだりを許可しなかった。
「ちぇ〜」
 何度交渉してもダメの一点張りに、ジェイソンもようやく諦め。ベッドに身を沈めた。
 一応は客人なのだから、とジェイソンにはベッドを与えているところはディックの律儀なところだ。

 ようやくベッドに入ったジェイソンに、やれやれ、と部屋を出ようとしたが。その腕をぐっと掴まれ動きを止める。
「ジェイソン・・・」
「なぁ、じゃあお休みのキスしてよ」
「はぁ?」
 キスしてくれなきゃ手は離さない。そう言ってニヤリと笑う姿は、本当に昔と変わらない・・・悪戯坊主のままだ。
 仕方ない。とため息をついて額にキスをすると、そのまま腰を抱かれベッドに引きずり込まれる。
「ジェイソン!!」
 ぎゅっと抱き込まれて、流石に声を荒げるが。ジェイソンはディックの胸に顔をうずめたまま彼を離そうとはしない。
「・・・俺が寝るまででいいから・・・何もしないから・・・」
 殴ってやろうかと手を上げると、今にも消え入りそうな・・・まるで、泣いている様な声で言われ動きを止める。
 そんな声を出されては、ディックに抵抗できるわけもなく。
「・・・お前が寝るまでだぞ・・・」
 大きくため息を付いて、上げた手で優しくジェイソンの頭を撫でた。



 それからどれくらい時間がたっただろうか?
 そろそろ寝たかな?と、ゆっくりと離れようとしたディックの体を、ジェイソンはぐっと力を込めて抱きとめる。
「・・・お前、まだ起きて・・・」
 そこまで言ってディックは息を呑む。
 ジェイソンの頬を伝う、涙。
「...Mom...」
 ジェイソンが一度死んだ時、ディックはその場にいなかった。彼が死んだということを知ったのも、それからずいぶん経ってからだ。
 バットマン=ブルースはそのことについては一切語ろうとしないし、自分もあえて聞かなかった。
 だが、自分で色々調べてはいた。短い期間だったが、ジェイソンを弟のようにかわいがっていたのは事実だ。そのジェイソンが何故死んでしまったのか。その理由を知りたかった。
 そして、時間をかけてようやく手に入れた情報は曖昧なものだったが・・・ジェイソンは、実の母親と共にジョーカーの手によって・・・
 
 もしかしたら、ジェイソンはここ数日眠れていなかったのかもしれない。
 怖くて、不安で、寂しくて・・・その気持ちは、ディックにも痛いほどわかる。だが、ディックにはわからない恐怖もジェイソンは感じているだろう。
 ジェイソンの額に優しくキスをして、頭を撫でる。
「流石に、お前の"MOTHER"にはなれないよ・・・?」
 それでも、頭を撫でる優しい動きと温もりに安心したのか。ジェイソンの表情から少しだけ、辛そうな雰囲気が消えたような気がした。






 朝、太陽の光を感じ体を動かす。だが、まだ寝ていたいと思いすぐ傍にある温もりに身を寄せ・・・はたと、ここが自分のねぐらでない事を思い出す。
 ゆっくりと目を開けると、目の前では逞しい胸板が寝息にあわせ動いている。
 ああ、ずっと傍にいてくれたのか・・・と嬉しい反面、昨夜の自分の行動に照れくささを感じで目の前にいるディックの胸板に顔をうずめる、と。
「n...」
 おそらく寝ぼけているのだろう。ディックも温もりを求めてか、ぎゅっとジェイソンの頭を抱きしめた。 



「おまっ!何で起こしてくれないんだよ!!!」
 その後、目覚ましがなっても起きなかった&起こそうとしなかったせいで、ディックが昼の仕事に遅刻しそうになっていたりする。
「休んじゃえばいいじゃん」
「そんなことできるか!!」
 慌しく着替えて、家を飛び出したディックを見送り。ジェイソンは冷蔵庫からミルクを取り出してカップに注ぎ飲み干して。そろそろ出るか・・・と鍵のかかっていない天窓から外へと出た。
 朝の太陽の光と風が、とても心地よかった。



END

                                 2008/11/17














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