■Trick And Treat■



 10月31日。
 この日ばかりは夜でも子供達が街中を歩き回る。
 だからと言って犯罪が減るわけでもない・・・むしろ、お祭り騒ぎに乗じて子供達に害を与えるような馬鹿者が出てくることもあるくらいなので、クライムファイター達はいつも以上にパトロールに力を入れていた。
 もちろんナイトウィングも例外ではなく。おどろおどろしくも華やかに騒がしい街の中を、ワイヤーを使い飛び回っていた。


「Hi Dickie-Bird.」
 そんな時。とあるビルの屋上に降り立ったナイトウィングの斜め後方から、彼に明るく声をかける男の声が。
「・・・ジェイソン・・・」
 ナイトウィングは一つ小さなため息をついて振り返る。視線の先には、屋上への出入り口の上に、赤いフルフェイスのマスクを被った男が銃をこちらに向けて座っていた。
 やっぱりきたか・・・と、ナイトウィングは内心思っていた。何かにつけてちょっかいをかけてくるこの男が、こんな日に来ない訳が無い。
 ジェイソンと呼ばれた男・・・レッドフードは被っていたマスクを脱ぎ、ナイトウィングの前まで歩み寄る。手に持った銃は下げていない。
「Trick and treat.」
 ナイトウィングの顔を覗き込み、レッドフードは笑みを浮かべて言う。マスクを脱いだ。と言っても、レッドフードは目元だけを覆う赤いマスクをしていて。その笑顔は、幾分成長しているとはいえロビンだった頃の少年のままだった。
「あのな、何で"AND"なんだよ・・・」
 楽しそうに言われた言葉にナイトウィングが呆れてそう返すと、レッドフードは笑顔のまま小首をかしげ。
「どっちかだけなんて詰まんないじゃん」
「・・・欲張りだな」
「そ、俺は欲張りなんだ。だから・・・」
 そこで、レッドフードの笑顔の雰囲気が一変する。先ほどまでは子供のような無邪気な笑顔だったのに、まるで何か悪巧みをしているような、意地の悪い笑みに変わった。
 その瞬間、ナイトウィングは反射的にレッドフードの銃を持った手を掴みそのまま顔面を殴りにかかった。だが、レッドフードはお見通しとでも言うかのように逆の手でその拳を止め。
「おいおい、いきなり危ねぇだろ」
 言葉ではそう咎めるものの、レッドフードのその口調と表情は酷く楽しそうだ。
「お前があんな顔するからだろ・・・」
 いつものことがあるとはいえ、流石にすこし大人気なかったか・・・と、ナイトウィングはすこしばつが悪そうに言い、レッドフードを掴む手からすこし力を抜いた。
 すると、レッドフードもナイトウィングの拳から手を離す。
「なぁ、ディッキー?」
 そして、再び小首を傾げてナイトウィングの名前を呼ぶ。
 そんなレッドフードの甘えた様子に、ナイトウィングは大きくため息をついた。
 この男はわかっているのだ。自分がちゃんと『この日のための物』を用意していると言うことに。
 別に、レッドフードのためにわざわざ用意したわけではない。今の居住区に越してから、毎年のように訪れる子供達のため。本当の弟のように可愛がっている3代目ロビンのため。・・・以前、ロビンにあげたお菓子のことをさり気無くを装い聞いてきた大きな大きな手のかかる子供。バットマンのために用意していたから・・・
 ナイトウィングは本日何度目かのため息をつき、
「ほら」
 用意していた小さな袋をレッドフードに渡した。
「これで目的は達成しただろ?今日はおとなしく帰れよ。そんなもの持ったまま暴れたら粉々になっちゃうぜ?」
 これ以上じゃれあうつもりはない、とでも言うように釘をさすと、レッドフードは詰まらなさそうに唇を尖らせる。
「え〜」
「え〜、じゃない」
 反論は認めない、と言うようにぴしゃりと言うが、レッドフードはいまだにブーイングを飛ばしている。
「・・・なぁ、これアンタの手作り?中身なに?」
「ああ、パンプキンペースト練りこんだクッキーだ」
 レッドフードの問いに素直に答えると、それを聞いたレッドフードは「そかそか」と小さくいいながら嬉しそうに小袋をジャケットのポケットにしまいこむ。
 漸く帰る気になったか・・・と、ナイトウィングがすこしだけ油断した、その瞬間。
「ディック・・・」
 すぐ傍でレッドフードの声が聞こえ、顔を上げたナイトウィングの唇に触れる柔らかな感触。

「"お菓子と悪戯"、これで目的達成だ」
 何が起こったのかわからずに固まっているナイトウィングに笑顔で言うと、レッドフードは脱いでいたフルフェイスのマスクを拾い上げ。
「・・・ジェイソン!!」
 そこで漸く我に返ったナイトウィングが顔を赤くして叫ぶが、すでにレッドフードはマスクを被り隣のビルに飛び移った後だった。
「・・・何考えてるんだ、あいつ・・・」
 ナイトウィングは赤い顔のまま唇を手の甲でぐいっと拭い呟くと。レッドフードが飛び去った方向とは逆のビルへとワイヤーを飛ばす。
 まだ、街の中をパトロールし終えていない。

 ハロウィンの夜は、始まったばかりだ。



END

                                 2008/10/29














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