夜のゴッサムシティ。 いつものようにヴィラン達を取り押さえた『バットファミリー』の様子が・・・今夜はすこし、いつもと違っていた。 「あんたの指図は受けない!僕はもう子供じゃないんだ!!」 そう叫んだのは、長い黒髪の青年。青年は叫んだ勢いのまま踵を返すと走り出し・・・ 「ナイトウィング!!」 その場にいる最年少のロビンが、青年を呼び追いかけようとするが。その動きは年長の男性、バットマンがロビンの肩を掴み阻止をした。 何故止めると言いたげな視線をロビンがバットマンに向けるも、彼は静かに首を横に振るだけで。再びロビンがナイトウィングの駆け出したほうへ視線をやる頃には既に、彼の姿は消えていた。 きっかけはほんとうに些細な事だったのだが。 その些細な事が原因で口論となり。 ナイトウィングとバットマンが喧嘩別れをしてすでに3週間経っていた。 「ナイトウィング、今日も来ないね〜」 ゴッサムの中心に位置する高層ビルを装飾しているガーゴイルの上で、それと同じような体勢でオペラグラスを覗き込み街を見下ろして今回のターゲットを探していたロビンが呟いた。 「・・・・・・」 隣で同じように街を見下ろしていたバットマンは、それを聞いていたのに聞こえなかったふりをしたのか、それとも本当に聞こえていなかったのか・・・それには返事もせずにいたが。直後に標的を発見したらしく。 「いたぞ」 一言そういうと、ガーゴイルの頭上から飛び降りた。 「あ!まって!!・・・も〜」 そんなバットマンの行動に、ロビンは頬を膨らませつつすぐさま後を追った。 この日追っていたのは・・・ヴィランとしては小物だが、少々厄介な相手だった。 とにかく派手な事が好きらしく。いたるところに小型の爆弾を仕掛けては、TVで予告を流し爆破する。それを何度も繰り返していた。 はじめは、爆破の規模も小さかった事もあり。単なる愉快犯で、すぐ逮捕できるだろうと警察も高をくくっていたが。犯人はなかなか狡賢い奴のようで遺留品は大量に出てくるものの、犯人への手がかりは一つも得られていない。 そのうえ、最初は本当に軽い(軽く煙が上がる程度)の爆発だったものが。徐々にその威力を増して行き。昨日の予告後の爆発では駐車場に止めてあった車が数台、一度に吹き飛んだ。 このまま行くと、いずれビル一つを破壊する威力のものを持ち出しかねない。 バットマン達は、いつものごとく警察とは別口から調査をはじめ、少しずつ犯人への手がかりを集め、追い詰めていった。 そして今夜。ようやくこの爆弾魔の尻尾を掴み追い詰めていたのだが・・・ ヴィランは最後の抵抗のごとく。自分が拠点にしていたアパートを爆破した。 規模はそれほど大きくなく。ヴィランを捉えることもできた、が。古い木製のアパートは爆発の衝撃で瞬く間に炎に包まれた。 ヴィランをロビンに任せ脱出させると、バットマンはまだ残っているであろうアパートの住人の救出に向かった。 不幸中の幸いか。この3階建てのアパートは古さもあいまって、バットマン達の突撃の騒ぎでほとんどの住人は眠りに付いておらず。爆発が起こる前から住人達は外へ非難していたようで、最上階の奥の部屋に来るまで人は残っていなかった。 そして、最後の扉を開け声を上げる。 「誰かいないのか!!?いたら返事をしろ!!」 いくつかある部屋を覗きながら叫んでいたが、とうとう火の手がここまであがってきたようだ。黒煙がへ廊下を伝い、部屋の中へと上がってきていた。 「Please answer!!」 「...Help...Help me...」 そろそろ自分も逃げ出さなければ危険だと判断し、最後の一声をあげる。と、一番奥の部屋から微かに助けを求める声が。 声が聞こえた部屋に駆け込むと、おそらく爆発の衝撃で倒れてきたのだろう。チェストに下敷きになり、青年が倒れていた。 「・・・っ!?」 その姿を見たとき、一瞬。バットマンは息を呑んだ。 青年は金の髪に緑の目、まったく似ていないのに何故か・・・ナイトウィング・・・ディックの姿がかぶって見えたのだ。 「っ・・・もう、大丈夫だ」 バットマンは慌てて頭を振り、目の前の青年に声をかけると。チェストの下から助け出し、すでに火の手が上がってきている廊下ではなく。部屋の窓を突き破り外への脱出を果たした。 その日から、少しずつバットマンの様子がおかしくなっていった。 始めは、疲れているのだろう・・・と、本人もロビンもそう考えていたのだが・・・だが、日をおうごとにバットマンは妙な幻覚を見るようになっていた。 しかし、彼はそのことをロビンやアルフレッドには伝えず。しだいにバットケイブに引きこもるようになっていった。 心配したロビン・・・ティムや、アルフレッドが声をかけるも、ただ彼は一言。 「一人にしてくれ・・・」 と、力なく言うだけだった。 「で、僕にどうしろって?」 バットマンの変わりように、ティムは最後の手段・・・とディックの元へとやってきた。 すべてを話し終え、返ってきた返事がこれだ。 「で?って。心配じゃないの!?」 あまりにそっけない兄弟子の返事に、ティムは思わず声を荒げる。 「彼がケイブに引きこもるなんて、よくある事じゃないか。しばらくしたらまた・・・」 「もう、一週間なんだよ・・・?」 すぐに出てくるさ。そう言おうとした言葉は、ティムの泣きそうな声に消された。ティムに背を向けて、書類の整理をしていたディックは思わず振り返る。 「もう、一週間もろくにご飯も食べずにずっとケイブにこもってるんだよ!?」 涙を浮かべた瞳で、じっとディックを見つめ。ティムは畳み掛けるように叫んだ。 「ティム・・・」 「お願い・・・お願いだよ、ディック。彼を助けて・・・」 そっと肩に手を置いたディックの胸に飛び込むように。ティムは彼にぎゅっと抱きつき悲願する。 「ディックじゃなきゃ・・・彼を、助けられない・・・」 しゃくりあげながらそう言われ、ディックはティムの頭を優しく撫で。 「・・・わかったよ・・・」 バットマンに会う事を承諾した。 いつも喧嘩別れをしても、結局自分からここ、バットケイブに戻ってきてしまうことがなんだか悔しくて。今回はバットマンが来るまで絶対に此処には来ない、と決めていたのに。 結局、こうなっちゃうんだね・・・ ケイブへと続く長い階段を一段ずつゆっくりと下りながら、ディックは小さくため息をついた。 ティムがロフトへ来た時も、始めは此処へ来る気はさらさらなかったのだ。 だが。2,3日ならともかく、一週間もずっと閉じこもっているといわれて。ディックはいてもたってもいられなくなった。 本当は心配で仕方がないのに・・・プライドが邪魔をして素直にここへ来る事も出来なかった・・・ティムのおかげで、ようやくこの場所へ来ることが出来たのだが・・・ 「・・・ブルース?」 ケイブの最深部にある。バットマンが一人になるための場所。そこで、ディックは小さく声をかけた。 「・・・・・・ディック・・・か?」 すると、暗がりから小さな返事が。 「うん」 「何をしに・・・」 「みんな心配してるよ?一週間も引きこもってるんだって・・・?」 自分も心配していたことはおくびにも出さず。ただ、静かに尋ねる。 「・・・・・・」 「今回は何があったの・・・?」 最後の問いから、数分たってから。ディックはそっと奥へと足を進める。 アルフレッドでさえ、滅多に入ることのない・・・バットマン、ブルースの闇の中へ・・・ ディックはゆっくりとした歩調で、ブルースが腰掛ける椅子へと歩み寄る。 「・・・ブルース」 そして、ようやく彼の姿が確認できる位置まで来て。ディックは彼の弱り具合に驚愕する。 暗がりの中で、酷く疲れた様子で椅子に腰掛けるバットマンは。闇の騎士と呼ばれる彼の本来の姿とは程遠く。まるで年老いた蝙蝠のようだった。 「何が、あったの?」 ディックはバットマンの目の前に膝を付き、彼の手に己の手を重ね。その手を優しく包み込み、彼の顔を見上げて、先ほどと同じ問いを投げかけた。 「・・・夢を・・・見るんだ・・・」 すると、バットマンはディックの手を握り返し小さな声で答えた。 「・・・夢?」 「悪夢、だ・・・」 誰もいない、真っ暗な空間。 そんな場所に、ブルースは1人でたたずんでいた。 ただ、1人静かに。 そんな、何もない場所に。一筋の光と共に、一羽の駒鳥が舞い降りてきた。 駒鳥はブルースの肩に止まり。まるでブルースを励ますようにその小さな体を摺り寄せ、可愛らしい声で歌ってくれた。 ところが、突然回りの闇が蠢きだし・・・今まで関わってきたヴィラン達へと姿を変える。 ブルースは何とか応戦するものの、小さな駒鳥の抵抗はすぐに押さえ付けられ・・・ ブルースは叫び、暴れ、駒鳥を何とか助け出すものの・・・駒鳥は傷ついた翼のまま、どこかへ飛び去ってしまった。 それからまた、ブルースは1人で闇の中に立っていた。 誰もいない、何もない闇の中。 駒鳥がいた時間は、それほど長い時間ではなかったはずなのに、胸にぽっかりと穴が開いたような虚無感に襲われる。 じっとしていることが出来ず歩き出すと。先ほどとは少し色見の違う駒鳥が現れた。 その駒鳥は、まるでブルースをどこかへ導くかのように飛び立つ。 慌ててその後を追うと、その先には・・・ 大きな翼を持つ、美しい青い鳥が。 ブルースが手を伸ばすと、青い鳥は労わるように彼の肩に止まり。その大きな翼でブルースを包み込んだ。姿形はまったく違うのに、この青い鳥があの傷ついた駒鳥だということはすぐにわかった。 そして、反対の手には先ほどブルースを導いた駒鳥が。 ブルースは酷く満たされた気分になり、微笑んだ。 しかし、再び闇が蠢きだす。 今度こそ、しっかり守ってみせると戦うが・・・ 思うように体が動かず・・・辺りに散る、青色の羽根・・・ 闇の動きがおさまった後に残された、動かなくなった青い鳥・・・ そっと、青い鳥を抱き上げると。 何もうつさなくなったその瞳に、醜い血まみれの蝙蝠が写り込んでいた。 「・・・ブルース?」 再び黙り込んでしまったバットマンに、ディックが声をかける。 「だいじょ・・・」 「私は・・・」 ディックの気遣う声をさえぎりブルースは呟いた。 「私は・・・怖いんだ・・・」 絞り出すような声での呟きに、ディックは小さく息を呑む。 「何が、怖いの・・・?」 「・・・お前を、失うことが・・・」 バットマンのその言葉に、ディックは複雑な表情を返した。 「お前の体から温もりが消えてしまうことが・・・怖くてたまらない・・・」 バットマンはそう言って、己の頭を抱える。 ああ・・・これは重症だ・・・ ディックは酷く冷静にそう思っていた。 ディック自身はこの場にいるのに・・・それを見ずに、バットマンは己の幻影が生み出した闇に囚われ抜け出せなくなっている。 現実に引き戻さなければ。彼は心の闇に囚われ続けたままだ。 「・・・・・・」 ディックはおもむろに立ち上がり、着ていたジャケットとシャツを脱ぎ捨て、バットマンのマスクを外すと。 「ブルース、僕を見て」 しっかりと目を合わせ、強い口調で言った。 「僕はここにいる。ちゃんと生きて、ここにいるんだよ」 そしてブルースがしていたバットマンのグローブを外し、その大きな掌を自分の胸に押し当てる。 「ブルース・・・僕を見て、僕に触って、何を感じる?」 始めは戸惑うように視線を泳がせていたブルースの瞳に徐々に色が戻りはじめる。 「暖かい・・・」 吸い寄せられるようにブルースはディックに抱きつき、胸に耳を寄せる。 「聞こえる・・・お前の鼓動が・・・」 「そうだよ、僕は生きているんだ。そして、ここにいる」 ディックは赤ん坊をあやすようにブルースの頭を優しく撫で、囁きかける。 「僕はちゃんとここにいるんだ、だから、何も怖がる必要はないんだよ・・・」 ディックの優しい声を聞きながら、ブルースは暖かなまどろみの中へと落ちて行った。 再び目を覚ましたのは、ウェイン邸の自室のベッドの上。 正確な時間はわからないが、辺りの暗さから言ってまだ夜だということが窺い知れた。 ブルースは、酷く長い悪夢を見ていたと。大きなため息をついて再びベッドにもぐりこ・・・ 「.uh...」 すぐ隣から声が聞こえ、ぎょっとしてシーツをめくると。 「nn...」 寒そうに体を丸める、半裸のディックがそこに。 「っ!?」 慌ててシーツをかぶせなおし、自分はしばらく思考をめぐらせる。 あれは夢ではなかったのか!? どこだ!?どこからが夢でどこからが現実だ!!??? 「ん・・・ブルー、ス・・・」 高速で思考をめぐらせていると、寒さに目を覚ましたディックがブルースをベッドに引き倒し。腕の中に抱き込んだ。 「ディ、ディック!?」 驚いたブルースが声を上げると、ディックはブルースの頭に頬ずりをして。 「まだ、眠い・・・ヨ・・・」 そして再び寝息が聞こえてきた。 どうやら、この一連の動作はすべて寝ぼけたまま行っていたようだ。 「・・・・・・」 ブルースはしばし呆気に取られていたが、すぐに体の力を抜いて、先ほどディックが自分にしたようにディックの胸に頬を摺り寄せる。 ディックの温もりが、心音が、酷く心地よくブルースを包み込む。 もう、あの悪夢を見ることはないだろう・・・ END 2008/10/22 |