■You're My Specific Medicine■



 夜、人々が寝静まる時間。
 煌々と輝く月があたりを照らす穏やかな夜。
 広い邸の広いバルコニーに、1羽の青い鳥が舞い降りた。


 邸は厳重なセキュリティーで守られているが、青い鳥=ナイトウィングはそれを掻い潜りとある部屋の、とある窓へと近づく。
 他の窓は外側から無理に開けようとすると、即警報が鳴りだす仕組みになっているが。この窓だけセキュリティーはおろか、鍵すらもかかっていない。
 はじめてその事に気が付いた時は、セキュリティーの故障かと思ったが・・・
 どうやらここの主は自分のために、わざとここに道を作ってくれているようだった。本人がそう言った訳でも、ナイトウィングの方から確認したわけでもないが・・・

 そっと窓を開け、室内に入る。静かな室内からは部屋の主の寝息が聞いて取れた。
 起こさないように細心の注意を払いつつベッドで寝ている人物の顔を覗き込む。
 広い広いベッドの中で、幼い頃より見慣れた整った顔が月明かりに照らされている。ナイトウィングはグローブを外し、その額にそっと手を当てた。
 直に触れた肌は思ったほど熱くなく、ナイトウィングは安堵のため息をついた。
 ブルースの自業自得とはいえ、風邪をうつしてしまった事は事実だ。にもかかわらず、自分は休んでいた間の仕事を片付けるためすぐにブルードヘイブンへ戻り。再びこの、ウェイン邸へやってくるまで数日を要してしまった。
「ブルース」
 ごく小さな声で愛しさを込めその名を呼び・・・額に添えた手を頬に移動させ、そっと顔を近づけた・・・






 数時間前


「ぶわーくしょん!!!!」
 蝙蝠の鳴き声と、複数の機械の起動音が聞こえる薄暗い洞窟内に突然響き渡ったオヤジのくしゃみ。
 発信源は、コンピューターで遺留品の解析をしていたバットマン。
「・・・ブルース、まだ風邪治ってないんだから寝てたほうがいいよ」
 そのくしゃみの大きさに、傍にいたロビンは一瞬驚いていたが。すぐに気を取り直して嗜めるように言うと。
「すでに3日も寝込んでいたんだ、これ以上・・・」
「そんな事言って、せっかく熱がさがったのに。またぶり返したら余計寝込まなくちゃいけないでしょ?」
 バットマンの反論は、正論でぴしゃりと遮られる。
「し・・・しかしだな・・・」
「とにかく!暖かくして休む事!!」
 それでもまだ渋るバットマンの背中を押して、ロビンは彼をブルースに戻しウェイン邸へと戻らせた。
「まったく、世話が焼けるんだから・・・」
 ブルースが戻ってこないように、しばらくは隠し通路の出入り口の前で仁王立ちをしていたロビンは、彼が戻ってくる気配が無いことを確認して、先ほどまでバットマンが調べていた遺留品の解析を再開した。

 ロビンに促されしぶしぶながらも自室に戻ったブルースは、アルフレッドが用意した薬を飲みベッドで横になっていた。
 しばらくは薬の効果で眠っていたが・・・煌々と室内を照らす月明かりのせいか、目が覚めてしまった。何気なくベッドサイドに置いてある時計へと視線を移すと、表示されている時間はもうすぐ午前0時を表示しようとしていた。
 本来なら、この時間には街へ出てパトロールをしているか、事件の遺留品の調査をしている時間なのだが・・・起き上がってケイブに降りれば、きっとまたロビン、もしくはバットガールやアルフレッドにどやされるだろう。
 そう思い、しばらくベッドの中で寝返りを打っていた。

 が、不意に締め切った室内で空気の流れを感じ、一瞬気配を探ったが。すぐに『あの』窓からの侵入者だと気づき、緊張を解く。
 侵入者は思ったとおりの相手のようで。気遣うような足運びの気配に思わず顔がほころぶ。
 気配は徐々にベッドに近づいてきていたので、こちらは寝たふりを決め込むことにした。

 ベッドのすぐ横で、なにやらごそごそとしていた相手の手が額に触れる。グローブの外されたその手はすこしひんやりとしていて心地よかった。
「ブルース・・・」
 名を呼ばれ、額にあった手が頬に移動する。気配で、ゆっくりと顔が近づいている事に気づいていた。
 唇が触れ合うまであと数センチ・・・
 と思った途端、頬を軽く摘まれる。
「いつまで寝たふりしてるつもり?」
 摘んだ頬を軽く引っ張られ、ブルースは降参と言う代わりにゆっくりと目を開け体を起こした。
「寝ている相手に酷い事をするな」
「よく言うよ。最初から寝てなかったくせに」
 摘まれた頬をさすりながらブルースが言うと、ナイトウィングは多少呆れたように言い返す。
「なんだ、バレていたのか」
 だが、ブルースはまったく悪びれる様子も無く。ナイトウィングは軽くため息をついた。この男、普段は歳相応に澄ました顔をしているくせに、時々妙に子供っぽい事をする。
「バレバレだよ」
 ナイトウィングは口では呆れたように言いつつも、再びブルースの額に手を当て熱を診る。
「熱は、下がったみたいだね・・・」
 ほっとしたような口調での言葉を聞き、ブルースはナイトウィングの手首を掴むと引き寄せ、その勢いのままベッドに倒れこんだ。
 咄嗟の事に反応できなかったナイトウィングは、ブルースの胸の上に一緒になって倒れこむ。
「ブ、ブルース?」
「・・・暫く、こうしていてくれないか・・・?」
 ぎゅっと抱きしめられ、寂しそうに囁かれては・・・ナイトウィングに拒む事はできない。
 仕方ないな、と言う代わりに小さく息を吐き体の力を抜くと。背中に回っていたブルースの腕の力もすこし緩んだ。
 暫くはおとなしくブルースの腕の中で瞳を閉じ、彼が髪を撫でる手の感覚に身を任せていたナイトウィングだったが。
「ねぇ、ブルース」
 そっと体を起こし、上目遣いにブルースを見つめ。
「このままじゃシーツ汚しちゃうから・・・着替えてきてもいい?」
 その言葉を聞いて、一瞬ブルースは驚いたような顔をするものの。
「ああ」
 にこりと微笑みナイトウィングを解放した。


 自室に戻り、コスチュームを脱ぎ体についた汚れを落とすためシャワーを浴びてから。ディックは再びブルースの部屋へ、今度はきちんとドアから入った。
 そして再びベッドの傍に・・・
 広い広いベッドの上で、ブルースは目を閉じていた。
「ブルース?」
 ベッドにそっとあがり、その顔を覗き込む。
「寝ちゃったの・・・?」
 今度は寝たふりではなく、本当に眠ってしまっているようで。頬を触っても起きる気配は無かった。
「Good night BRUCE.」
 ディックはブルースの額に優しいキスをしてベッドにもぐりこむと、ブルースの体に擦り寄って目を閉じた。







 翌朝。
「よし、じゃあ僕が食べさせてあげる」
 アルフレッドが持ってきた食事をブルースよりも早く起きていたディックが受け取り。ブルースが目を覚まし、食欲があることを確認してから言った言葉。
「はい、あーんして」
 始めはディックが言った言葉の意味を理解しそこねぽかんとしていた・・・というより、寝ぼけていたのかと自分で思ってしまうほど動揺していたのだが・・・爽やかな笑顔でスプーンでアルフレッド特性のチキンスープをすくって差し出され、現状が夢や聞き間違いではない事を理解すると。ブルースは素直に差し出されたスープを口に含み、飲み下した。
「あ・・・あれ・・・」
 ブルースのその行動に、今度は逆にディックが驚いた顔をする。
「え・・・えっと・・・おいしい?」
 アルフレッドが作ったのだからおいしいのは当たり前なのだが。何かを言わなくてはならないような気分になったディックは動揺しつつも尋ねてみた。
 するとブルースは再び素直に感情を表現する。こくりとひとつ頷いて柔らかな笑みを浮かべると。
「お前が食べさせてくれるからな、格別だ」
「っ!!」
 ディックの顔が真っ赤に染まったことを確認し、ブルースはニヤリと笑う。
 そして、まるで餌を待つ雛鳥のように口をあけた。
「・・・ずるいよ・・・」
 顔を赤く染めたまま、ディックはブルースに朝食を食べさせ。薬まで飲ませてやった。


 その様子を、扉の向こうで見ていた人物が一人。
「ディックがやっても嫌がらせにはならないよ・・・」
 始めはブルースの様子を伺いに来たのだが、ディックがいることに気づき急いで部屋にカメラを取りに戻り、一部始終を撮影し終えての一言。
 おそらく、自分がやった方がブルースは激しく拒否反応を示すだろう・・・いっそ、昼食の時にでもやってやろうか?
 などと考えながら、ティムは朝から良い物を記録できた。と、ご機嫌で自室へカメラを置きに戻っていった。



END

                                 2008/10/16














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