■Specific Medicine Of Cold■



 その日、ナイトウィングはバットケイブに顔を見せなかった。
 バットマンは
 「彼にも自分のすべき事があるのだから、ここに現れない日があるのは当然だ」
 と、気にしたそぶりも見せていなかったが。
 ロビンとバットガールは『本当は寂しいくせに・・・』と心の中で思っていた。

 だが、ナイトウィングが現れない日が3日も続くと、さすがのバットマンも傍目にわかるほどにそわそわし始めた。
 『心配なら様子を見に行けばいいのに・・・』
 ケイブのPCで情報を整理していたロビンは、ちらりとバットマンの様子を見て思う。
 実は、ロビンはナイトウィングが現れなかった次の日。昼間に、ティムとして彼のロフトへと顔を出していたのだ。
 だから、彼が今どのような状況にあるかを知っている。知ってはいるが・・・あまり近づくな、と言われているうえ。自分にできる事は全てやり尽くしてしまったので・・・後は彼自身の体力に任せるしかなかった。

 ナイトウィングこと、ディック・グレイソンは数日前から熱を出し、寝込んでいた。

 バットマンにその事実を伝えようかとも思ったが、ディック自身にブルースには内緒にしてくれ、と言われているので彼にその事を話してはいない。
「あ、シグナルだ・・・」
 ディックのことを心配しつつも、キーボードを叩き情報処理をしていたティムがモニターに現れたシグナルに軽く声を上げる。
「場所は?」
「えーっと・・・ディックのロフトの近くだね」
「そうか」
 短い言葉のやり取りをして、バットマンはマントを翻しバットモービルへと向かう。
「僕も!」
「いや、お前は残って指示を出してくれ」
 椅子から立ち上がり付いて来ようとするロビンを制止し、バットマンはモービルに乗り込みそのままバットケイブを飛び出した。
「・・・口実無いと行けないんだもんなぁ・・・」
 一緒に行動しているときは必要以上にべったりなのに。少しでも離れて行動していると、変に意地を張って素直にならないボスの行動に苦笑して。ロビンはPCに向き直り、バットマンに指示を送るための情報を集め始めた。


 現場に到着したバットマンの行動は早かった。
 ロビンから送られてくる情報や指示が的確だった事もあるが、バットマンは物の数分で騒動を鎮圧させ、警察が到着する頃にはもう、数名のヴィランがロープで街灯に吊るされている状態だった。
「近辺をパトロールしてからそちらに戻る」
『Aye,sir』
 通信を切った後、その言葉のとおりバットマンは周辺に残党がいないかを見て周っていたが。
 とあるビルに近づくと、方向を変え、そのビルの最上階のバルコニーへと降り立った。
 そこのガラス戸は、一箇所だけ鍵のかかっていない場所がある。そこに手をかけ・・・一瞬中へ入るのを躊躇ったが、静かにそこを開け中に入る。
 人の気配はある。だが、どうやらベッドで眠っているようだった。
 そっとベッドの傍へより、眠っている人物の顔を覗き込む。
「ディック・・・」
 自分では、その名を口に出して言ったつもりは無かった。だが、それは声としてバットマンの口からこぼれおち。
「んっ・・・」
 ベッドで息苦しそうにして眠っていた人物。ディックはゆっくりと目を開け、ぼんやりとした表情のまま、自分を見下ろすバットマンを見つめた。
「・・・起こしてしまったか・・・」
 心底申し訳なさそうに、ベッドの傍らに膝を付いて顔を寄せ、グローブを外した手をディックの額の上にのせる。すると、伝わってくる肌の熱さに驚いた。
「ずいぶんと熱があるな」
 額の手を頬に移動させると、ディックはその手に顔を摺り寄せ。
「・・・夢・・・?・・・でも、良いや・・・ブルースの手、気持ち良い・・・」
 どうやら先ほどまで眠っていた事と、熱で朦朧とする頭では、今ここにバットマンがいるという事を現実として認識できていないようだ。
 バットマンの手に甘えるように擦り寄る姿は、昔ならともかく。近頃の普段のディックではまずありえない行為だ。
 バットマンは、こんな状態のディックを1人ここに残して帰ることができず・・・
「・・・ん・・・何・・・?」
「家に帰ろう」
「・・・うん・・・」
 寒くないように、ディックをシーツで包み抱き上げ。ビルの傍へバットモービルを呼び、そのまま乗り込むとすぐさまケイブへと帰っていった。




「ん・・・・・・あ・・・れ・・・?」
 ディックが目を覚ますと、視線の先に映ったのは見慣れてはいるが懐かしい天井。そして。
「あら、目が覚めた?」
「バブス・・・?」
 優しくかけられた声の方向に首を動かすと、そこには花瓶に花を生けているバーバラの姿。
「ここは・・・・・・なんで僕はここに・・・?」
 ゆっくりと体を起こそうとすると、まだ熱があるからとバーバラに止められ、横になったまま彼女に尋ねる。
「覚えてないの?」
 バーバラが言うには、昨夜遅くにバットマンが高熱を出している自分を抱えてバットケイブに戻ってきて。そのままここへパジャマを着せて寝かせ、夜が空けるとすぐさま医者を呼びに行って診察までさせたらしい。
 診察結果によると、この風邪は熱の症状が出るとしばらく続くが、感染力はきわめて低いらしい。
 それを聞いて、ほっと胸をなでおろす。が。
「ティムに聞いたわよ?うつる事気にして誰にも連絡してなかったんですって?」
 腰に手を当ててそう言われると、まるで叱られているような気分になるが。彼女は別に叱るつもりで言っているわけではなく。
「もう少し頼りなさい?」
「・・・ん・・・ごめん。ありがとう・・・」
 優しく諭されるように言われるとどうにも反発のしようがない。彼女もそれをわかっていてそういう言い方をしてくるのだろう。
「いい子ね。ちゃんとブルースとティムにも言うのよ?」
 素直に謝罪と礼を言うと、バーバラは微笑みディックの額にキスをした。
「いまだ子ども扱い?」
「あら、私よりも年下でしょう?・・・じゃあ、私はそろそろ行くわね」
 互いにくすくすと笑いあっていたが、バーバラは用事があるから、とベッドから離れる。
「もう行っちゃうの?」
「寂しい?」
「ちょっとね」
 軽口を叩けるくらいの元気は出てきたらしい。そんなディックに「またくるわよ」とドアに手をかけて手を振って、バーバラは部屋を後にした。

 それからは、薬のせいもあってかぐっすりと眠り。ティムが見舞いと称して部屋に入り浸り、アルフレッドが食事を運んできてくれたり、宣言どおりまたバーバラがきてくれたり・・・と。1人で寝ていた時とは比べ物にならないほど早く時間が過ぎていった。

 だが、ここへディックを連れてきた張本人は、日が落ちても部屋にやってくる事はなかった。

 夜。大きな月が顔を出し部屋の中を照らす。
 熱が下がってきたおかげか、体調は良いのだがなかなか寝付けず。何度もベッドの中で寝返りをうつ。
 しばらくそうやってしていると、漸くまぶたがすこし重たくなってきた。
 そんな時だった。静かにドアが開き、人が入ってくる気配を感じ。ゆっくりと体を動かす。
「・・・起こしてしまったか・・・」
「ううん、眠れてなかったんだ」
 なんだか前もこの言葉を聞いたような・・・そんな事を思いつつ体を起こすと、ブルースがそっと手を添えて助けてくれた。
「気分は、もう良いのか?」
「うん、だいぶ良くなったよ」
「そうか・・・」
 そして訪れる静寂。ブルースは何を話して良いのかわからないし、ディックは気恥ずかしくて言葉が出てこない。
「それじゃあ、私は・・・」
「あっ・・・」
 もともと、寝顔を見るだけのつもりだったブルースが立ち上がると、ディックが慌ててブルースの服の裾をつかんだ。
「ん?」
「あ・・・え〜と・・・」
 服をつかまれたブルースは少々驚いた面持ちでいたが。咄嗟の事とはいえ、ディック自身己の行動に驚いていた。
 しばらくの間、顔を赤くし視線を泳がせていたが。そっとブルースの手をとり己の頬に当てると。
「・・・もう少し、傍にいて・・・?」
 病気の時というものは、酷く心細い気持ちになる。そのせいだとわかってはいる。だいぶ熱が下がったとはいえ、触れる頬はまだ平熱とは言いがたく。潤む瞳も薄紅色に染まった頬も、熱のせいだという事もわかっている。
 わかってはいるのだが・・・!!!
「ブルース・・・っ!?」
 動きを止めたブルースを不思議そうに見上げると、そのまま覆いかぶさるようにして押し倒され、唇を奪われる。
「んっ!んんっ!!・・・はっ、ダッメッ!うつっる・・・!!」
 キスの位置を、頬、耳朶、首筋へと移動させるブルースを、必死に引き剥がそうとするが。熱のせいでうまく力の入らないディックには容易な事ではない。
「感染力は低いのだろう?それに、風邪の時は汗を掻くのが一番だと言うではないか」
 ブルースはにっこりと笑い、再びディックの唇を奪った。








 翌日、ディックの風邪は全快し、入れ替わるようにブルースが熱を出した事は言うまでもない。
「やっぱり風邪の時はアルフレッドのチキンスープと人にうつすのが一番だね」
 そういったときのディックの笑顔はとても爽やかなものだったとか。



END

                                 2008/10/06














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